結局のところ、僕の説得が効いたのかよくわからないまま、みなもと僕はお互い無言で小一時間ほど床にへたりこんでいると、誰かが牢にやってきて、格子の鍵を開けて中に入ってきた。
「大丈夫かい? みなもちゃん、威くん」
落ち着いた男性の声。結構年配だ。
その声の主は、みなもの家にあった写真に写っていたおじいさん、そして光明寺先生のお父さんだった。
「あなたは……。どうしてここに」
「あ……敷島のおじいちゃんだ……」みなもが呟いた。
二人はどうやら面識があるらしい。……というか、本当の祖父と孫のようだ。
「おお、可愛そうに。儂の娘が酷いことをして……済まなかった。娘には用事を言いつけて時間を稼いだ。今のうちに逃げるんじゃ」
敷島のおじいちゃんと呼ばれたその人は、みなもの前に片膝をつくと、がっちりと金具に固定されている、みなもの手足を縛ったロープを外し始めた。
「え……ウソ……おじいちゃんが光明寺の?」
みなもが言った。
「そうじゃよ。光明寺は妻の旧姓じゃ」
「お前、さっきの話聞いてなかったのかよ。普通文脈から分かるだろ、そんくらい」
「ボコボコにされてる最中に、そんなの分かるわけないじゃん、バカ!」
「みなもちゃん、痛かろう、あとでわしが手当てしてやろう」
「大丈夫だよ、おじいちゃん。もう痛くないもん」
確かに、あんなにボッコボコに蹴られていたのに、もうケロっとしている。やっぱみなもって普通じゃないのかな? それとも、店長の血を輸血した後遺症で、ちょっとばかり丈夫になったのか。……まあ、謎だ。
「ていうか、立ち直り早いなお前。心配して微妙にソンした気分じゃんか……」
「うっさいな! 一緒に帰らないとあんたが泣くから帰ってあげんじゃん、バカ!」
「バカバカ言うなよ……自覚あんだから。…………一緒に、帰ってくれるんだな?」
「何度も言わせんな、バカ。それから…………泣くな」
「え? ……またか。……ごめん」
顔を拭こうとして、動けないの忘れてた。
「ほれ、みなもちゃんの縄は解けたぞ。まったく、こんなに固く結びおって。解くのに一苦労じゃわい」
「おじいちゃん、ありがとう!」
「かまわんよ。じゃあ次は威くんの方をやろうな」
「おねがいします」
敷島のおじいちゃんは、みなものロープを苦労して外し終わると、今度は僕のロープを外し始めた。僕の傍らによっこらしょ、と座ると、ロープの結び目をあれこれ触っている。
「ずいぶんと警戒されたものじゃな。ちょっとやそっとでは引き千切れないように頑丈に結んである。あまり時間も取れんから道具を使うか……」
敷島のおじいちゃんは腰から何かの工具を取り出すと、ロープを少しづつ切断していった。何重にもぐるぐる巻きにされているので切るのが大変そうだった。
「二人とも、このまま聞いておくれ。ここはニライカナイの近海にある無人島じゃ。悪い連中の研究施設になっとる。そして、諏訪丸の乗員たちは全員、奴隷として捕まったのじゃ。今は専用の部屋に閉じ込められておる」
「それじゃあ、伊緒里ちゃんのお父さん……いや、八坂船長は無事なんですね!」
「確か無事のはずじゃ」
「よかったあ~~~」
どうやら伊緒里ちゃんのおじさんが無事で安心した。
「ここを出たら、船員たちを助けにいくぞい。手伝ってくれるな?」
「もちろんです!」
「儂はなあ、みんなにおいしい海産物を食べてもらいたくてなあ、娘の紹介で入ったこの研究所でカニやイカの品種改良をしておったんじゃが……。
儂の雇い主の企業が、やめておけばいいものを、途中で勝手にどんどんと巨大化させてしまったんじゃよ」
「ドデッかに!」「デッカいか!」
僕とみなもは同時に叫んだ。彼はうん、と頷いた。
「両方食べたけど、すっごく美味かったです!」
「わ、わたしも! 大きいのに味が濃くてジューシーで、かに美味しかった!」
「そうか、儂の自信作、食べてくれたか。良かった良かった……」
敷島のおじいちゃんは目を細めてほほ笑んだ。
「連中はカニやイカをムリに巨大化させたために手に負えなくなり、何匹かは外に逃げ出してしまったんじゃ。それが最近多発している海難事故を引き起こしておる。だから儂はやめろと言ったんじゃが……」
「それでゆきかぜも……か」
「連中は最初から、儂に生体兵器を造らせるつもりだったのだろう。気付くのが遅かったよ。また儂は過ちを犯してしまった……。彼らの正体は軍需産業を営む多国籍企業だったのじゃ」
「軍需産業……ですか」
「製造した生体兵器を使って難攻不落のニライカナイを壊滅させることで世界中にその力を示したかったのじゃろう。まあ、プレゼンじゃな」
がっくりと肩を落とす、敷島のおじいちゃん。なんか気の毒になった。
「おじいちゃん可哀想……」
「ありがとう、みなもちゃん。そして済まなかった」
おじいちゃんは嬉しそうに、みなもの頭を撫でた。
おじいちゃんは、瑞希姫のプロジェクトの方も、多分悪気はなかったんだろう。なんとなく、そんな気がした。
だって、悪気があったら、娘の名前をこいつにつけたりしない。