「クローン体第六号ってことをバラしちゃうことかしらぁ? あ――ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
先生は狂気と歓喜に満ちた声で笑った。それはもう、僕の知ってる先生じゃなかった。
橘家で見た写真の老人、かつて瑞希姫を細切れにした、あの博士の娘……だったんだ。
「何で、何で言っちまうんだよ……先生……みなもが何したってんだよぉ……」
みなもを見ると、床の上で背中を丸めてうめいている。……聞いてた、よな?
先生は僕の方にやってきて、目の前にしゃがみこんだ。
「みなもというのはね。父が私のために考えた名前なのよ。でも、母方の親族が気に入らず、別の名前をムリヤリつけてしまったの。……古くさくて、かっこわるいでしょう?」
「そんな事のために、みなもを傷付けたのか? 毒を盛ったのも、先生だったのか!」
「正直、パパの作品だから壊したくなかったのよ。でもね、この子は別。泥棒猫は、お仕置きしなくちゃいけないわ。
うふふふふ。クローンがどんな風に壊れていくのか、観察するのは楽しかったわ。思いの外持ちこたえたのは、さすが皇女瑞希の複製品、といったところかしら。ホントなら狂い死んでもらいたかったんだけど……。
でも、パパをさんざんいたぶった神崎の泣き顔は愉快だったわ。
ねえ、威くん。この子のボロボロになった死体を送りつけてやったら、あいつ、発狂してくれるかしら?」
死ぬほど恐ろしいことを、とても楽しそうに次々と言う先生。
僕は先生の狂気にあてられて、体が文字通りガタガタと震えていた。
恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。
「パパを利用した軍もパパを捕まえた神崎も、みんな私の、カンパニーのイクサガミ部隊で殲滅してあげるの。
パパもきっと喜んでくれる。パパの偉大さをみんな思い知るのよ。パパの名誉を取り戻すために協力してくれるって言ったわよね。本当に嬉しかったのよ」
女神のように微笑むと、先生は――僕に口付けをした。
……こんなに背筋が寒くなるようなキスは、生まれて初めてだった……
先生はそっと唇を離すと、「後で何か飲み物でも持ってきてあげるわね」と、普段どおりの優しい口調で言って、僕の髪をひと撫ですると、靴音を響かせて牢から出て行った。
僕は……ずっと囚われて、種馬になるんだろうか。
みなもは殺されて、捨てられてしまうんだろうか。
――恐い。なんで僕はこんなに無力なんだよ。いやだ。恐い。恐い。恐い。恐い。
「た……ける……あんた、ひどい顔だよ。あはは……」みなもは力なく笑った。
軽口を叩くみなもの声で、僕は我に帰った。
そうだ。僕はこいつを助けなきゃ。
「顔腫らして青あざ作って、口から鼻から血をタレ流してるお前に言われたくねえよ」
ひどい話だが、みなもは以前にもこんな目に何度も遭っている。……僕のために。
「逃げて」
「え?」
「威だけなら光明寺も油断するから、スキ見て逃げて」
「なに……言ってんだよ。い、一緒に逃げるに決まってんだろ、みなも」
「もう、いいよ。ここであいつに殺してもらう。だってわたし、造り物なんでしょ。知ってたから、あんた伊緒里ちゃんとくっついたんでしょ?
私なんかもう要らないんでしょ? 知ってて優しくするなんて、ひどいよ……威」みなもは、血に染まった唇を噛んだ。
「ち、違うよ。知ってたからじゃない。……お前が入院した時、店長に聞いたんだ。ひどく、苦しんでたよ。
もう、僕みたいにみっともなくなっちゃってさ、見てるこっちが本気で情けなくなるほど、みっともなかったんだ。
あのとき、お前の気持ちが分かったよ。情けない奴を見てるとどんな気分になるのか、こんなにイライラするのかってさ……」
「ちょっとなに言ってるか意味わかんない……だけどこの体も、気持ちも、ぜんぶぜんぶ、造り物だったのなら、みんな納得出来るよ。
なんでこんな変な気分になるのか……。だから、もう私のことなんか気にしないで、あんたは一人でどっか行っちゃえば?」
「ふざけんな! お前自分が何言ってるか分かってんのか? このままじゃお前、先生に殺されちゃうんだぞ!
いいか、良く聞け。人間てモン自体、神の劣化コピーなんだよ。だから、見た目だって同じだし、輸血も出来るし、交配だって……セックスだって普通に出来る。
クローンは人間が人間を作ったってだけだろ? だったら理屈一緒じゃないか。人から生まれた人間だろうと、細胞から造られたクローン人間だろうと、神が土をこねて造った人間だろうと、そいつらの何が違うってのさ!
それに店長が、お前の魂は瑞希じゃないって言ってた。瑞希は別にいて、山に隠れてて、とにかくお前は別の個体なんだ。お前はお前。お前の気持ちは全部お前のもんなんだよ。わかったか?
お前が何かなんでどうでもいいんだよ。僕が何かなんてどうでもいいように。……だから、一緒に帰ろう」
言うだけは言った。でも、みなもは顔を伏せて、
「好きにすれば。私、歩かないから」
と言って、赤黒い血を床に吐き捨てた。