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【3】秘密基地

「気が付いたかしら? 南方威くん」


 目を覚ますと、聞き覚えのある女性の声がした。どこだろう……。頭がクラクラする。僕はコンクリートのような、硬い床の上で寝ていたようだ。首とかあちこち痛い。


「うーん……ここ、どこ……」


「いわゆるところの秘密基地、その中の牢屋なのよ。威くん」


 寝ぼけ眼で見上げると、そこには、白衣姿……ではなく、ピッタリとしたSFっぽいボディスーツを纏い、髪を結い上げた光明寺先生がいた。まるで女スパイみたいだな。


「なんで先生が? ……うーん……」もやもやする頭では、状況が飲み込めない。とりあえず様子を覗おうと思って、体を起こそう……と思ったら、なんか身動きが取れないぞ。


「あれ? なんで、僕縛られてんの? ちょ、あの、先生?」引きちぎろうとしたけど、ロープはビクともしなかった。もしかしたら金属ワイヤーなのかもしれない。


「威……気が付いたの? あんたぐるぐる巻よ」横の方から、みなもの疲れた声。


「ごめんなさいね、威くん。いま起こしてあげる」先生はそう言うと、芋虫状態の僕をヨッコラショって起こして、みなもに向かい合う格好で壁に寄りかからせて座らせてくれた。そして「かわいそうに。顔拭いてあげるわね」といってタオルでフキフキしてくれた。


 周囲をチラと見回すと、コンクリ打ちっ放しの窓のない六畳間くらいの部屋だった。牢屋のように錆びた鉄格子が嵌まっていて、灯りは廊下の方から入ってくる電灯の光だけ。


 よく分からないけど、きっと先生は危険を冒して、僕を助けに来てくれたんだな。


「すいません、先生。あの……ついでにこれ、解いてもらえませんか? 超頑丈で……」


「バカ威! そいつがあたしたちを捕まえたんだから! 解くわけないでしょ!」


 僕同様、手足を縛られたみなもが、わめいている。


「え? なんで先生が? んなわけあるかよ。ねえ、先生……?」


 先生は、動けない僕の上に跨がると、僕の顔をやさしく両手で包み込んで、


「大丈夫よ。威くんは大事なお客様だから、後でキチンとしたお部屋に移してあげるわ。そしてお食事するの。その後たっぷりと子種をちょうだいね。まず最初は私に……ね?」


「あのー……話しが全く見えないんですけど……先生。……こ、こないだの続き?」


「こないだって何よ! 何したのよ光明寺!」みなもがヒステリックに叫ぶ。


 先生は全く意に介さず、話を続けた。


「このあいだ威くんがくれた細胞、大事に育ててたんだけど、ダメになっちゃったの。やっぱりまだ神族の培養って技術的に難しいみたいなのよ。だから、原始的な方法で培養することにしたの。……人間の卵子と結合させて、威くんの子供を作るのよ」


「……え。こ、こ、ここここここ、子供ぉぉ? だ、だって、えっと、医療に使うんですよね? それってまさか、材料として養殖するってこと? えー、かわいそうだよ先生」


「もう、違うわよ威くん。そんなもったいないことしないわよ~」


「はあ、びっくりした。じゃあ……何に使うんですか?」


 僕は恐る恐る訊いてみた。というか、この状況そのものから説明して欲しいんだけど。

「うふ。……イクサガミの量産化よ。この際、ハーフでガマンすることにしたわ」


 ――――――え。    僕のこんがらがった頭の中に、一本の線が走った。


「あんた、何者なのよ! 光明寺!」みなもが吠えた。


 先生は、コールタールのように黒く艶めかしく光る、膝上まで編み上げたエナメルのロングブーツの靴音を響かせながら、みなもに歩み寄り――――その黒光りしたつま先が、天を指すほど高く、鋭く、みなもの顎を蹴り上げた!


「ぎゃああッ!」みなもはのけぞり、壁に体を打ち付けて、床の上に横向きに倒れた。


「何すんだ! 先生! みなも、大丈夫か!」


「この島の近くを諏訪丸がウロウロしてくれて、丁度良かったわ。貴方を捕まえるいいエサになって。あら、たまたまなのよ拿捕したのは。信じて、威くん」


「先生、こんなことやめてよ。なんで先生がそんなことしてんだよ! なあ!」


「不愉快なのよ……貴女。何で貴女が『みなも』と呼ばれているの? それは、私につけられる筈の名前よ? 何で貴女のような紛い物が、『みなも』を名乗っているの? この薄汚いクローンの泥棒猫め!」先生は、今度は僕を無視して吐き捨てるように言うと、口から血を流しているみなもの腹を、高いヒールでえぐるように幾度も蹴りこんだ。ぐぎゃっ、という人とも動物とも言えないような悲鳴とともに、鮮血がみなもの口から弾ける。


 僕にはもう、先生が何者なのか、分かってしまった。先生は――


「やめろ! やめてくれぇ! 悪いのは軍だろ! みなもは関係ない!」


「何をやめればいいのかしら? 南方威くん」先生がこちらを向きながら、嬉しそうに横倒しになったみなもの体をあちこち踏みつけると、その度に小さくうめき声が聞こえる。


「本来私につけられる筈だった、パパの考えた大事な大事な名前を泥棒した、こいつをいじめることかしら? それとも、こいつがパパの造った、瑞希姫の――」


「やめろおおおおおおおおおおおおおッ! それ以上言うなああああああああああッ!」


 それ以上言えば、みなもは、みなもはみなもでいられなくなる――――

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