僕は夕方になっても、甲板でひとり海を眺めていた。多分探すことに疲れて、ただ波間を見ているフリをしてただけだったのかもしれない。僕は目立たないようにすみっこに体育座りをして、みなもや伊緒里ちゃんのことをぐるぐると考えていた。
日頃、言語によるコミュニケーションを苦手とするみなもに合わせ、僕もなんとなく空気で動いていた。今まではそれで事足りていたからだ。でも、お互いがちゃんと話し合ってこなかったのが原因で、みなもの幻聴・幻覚、異変にも気付けず、みなもを信じることが出来ず、みなもをテロリストの餌食にされた挙げ句、みなもを孤立させた。店長がいたから良かったものの放っておけば、みなもを殺すハメになっていたかもしれない……。
「ん。冷えるから」というみなもの声と同時に、ばさっと体に毛布をかけられた。そしてみなもは僕の横に座って、するりと毛布に入り込んだ。僕が黙っていると、みなもが体を寄せてくる。……暖かい。僕らは会話の代わりに、こうして体温を交わしてきたんだ。みなもの温もりがあれば、みなもにすがれば、僕は生きていけた。……けど。
「船ん中、入ってろよ。またお前の具合悪くなったら、店長に怒られるだろ」
僕はバツが悪くて少し突き放すように言った。みなもが少しムッとした気がしたけど、そのまま海を眺めていたら甲板に灯りが点いた。けっこう暗くなってきたからだろう。
「「帰ったら――」」僕らは同時に言葉を発し、口をつぐんだ。
――――帰ったら、僕らは終わるんだろうか。始まってすらいなかったけれど。結局、みなもには何もしてやれなかった。ただ傷付けただけだった。僕は……ひどいヤツだ。
「横須賀に、帰るのか」と僕は言った。
「そうして欲しいの?」みなもは無感情に、そう呟いた。
「……嫌だ。と言ったら、どうすんだ」無責任だ、と我ながら思った。
「え?」と言って、みなもが僕の顔を見つめるので、僕は横目で彼女を見た。
「お前……」僕は思わず息を飲んだ。みなもが泣き出しそうな顔をしている。大きな瞳に涙をいっぱいに貯めているんだ。僕の前で
「なんでいつも、私より先に泣くのよ……」そう言った途端、みなもの目から大粒の涙がいくつもいくつもこぼれ落ちた。でも、先に泣いたのは、今回も僕の方だったらしい。
そうか。――――だから泣かなかったのか。
僕は毛布の中で、啜り泣くみなもをぎゅっと抱きすくめると、みなもは堰を切ったように大声を上げて泣き出した。顔を僕の胸に埋めて、胴にしがみつきながら。
「一緒にいたい。威といたいよ。部屋ちがくてもいいから、幼馴染みのままでいいから、伊緒里ちゃんとつきあっててもいいから、二人のじゃましないようにするからぁ――」
みなもの言葉が僕をザクザクと貫く。僕も負けじと大声で泣いた。
「ごめんな……ホントにごめんな。こんな思いをさせるために島に来たんじゃないのに、お前の夢を叶えるためだったのに……。みんな、お前の好きにしていい。部屋も一緒でいい。だから、そんなに泣くな。お願いだから……」
もし、みなもが明日華ちゃんのように修業すれば、言葉を使わずに気持ちが通じるんだろうか。そしたら、みなもはもっと楽になれるんだろうか。
――――幸せに、なれるんだろうか。
「南方少尉! 諏訪丸が!」騒々しい足音をたて、若い海兵がやってきた。
「キャ――ッ」急に声をかけられたので、みなもは悲鳴を上げるし、僕はビックリして、みなもと毛布さんと僕と、三者でもつれ合う格好で盛大にひっくりかえった。その様子はまるで合体事故のような大惨事だった。僕はこんがらがった足をバタつかせながら、
「え、な、何? わ、た、助けて~~~っ」とお兄さんに救助を求めた。
「二人とも何やってんですか、もー。見つかったんですよ! 諏訪丸の救難信号をキャッチしたんです!」と言いながら、お兄さんは呆れ顔で毛布をひっぱった。その拍子に僕とみなもは解けて、甲板の上にゴロンと転がった。打ち所が悪かったのか、みなもが小さく悲鳴を上げた。僕は船尾から飛び立つヘリのローター音で、やっと事態を飲み込んだ。
僕らの乗ったうずしおは急転し、まるでパンくずを頼りに深い森を歩く幼い兄妹のように、通信ヘリの落としたビーコンブイを拾いながら追っていった。暗い海の上で青白く光るブイは、大きな夜光虫みたいに見えた。そして、僕らは出港から数日かかって、ようやく伊緒里ちゃんのお父さんの漁船、諏訪丸を発見することが出来たんだ。漁船といっても想像してたよりはるかに大きくて、ちょっと驚いた。
「おじさんは!?」僕は手すりから身を乗り出して、諏訪丸の甲板に向かって叫んだ。
「威、そんなに乗り出したらおっこっちゃうよ!」みなもが僕のベルトを掴む。
サーチライトがバンバン焚かれ、諏訪丸が黒い海に浮かび上がる。
誰かが言ってたけど、諏訪丸はエンジンが壊れたせいで暫く流されたあと、立ち往生していたらしい。予定した漁場からも、島からも大分離れている。なかなか見つからなかったのはそのせいだ、って。これから船を繋いで、島まで牽引するらしい。
僕はおじさんが気になって、思わず甲板を蹴って諏訪丸に飛び乗った。甲板をうろうろしていたら、つまみ出されそうになったので、おじさんの事を聞くと体調を崩して船室で休んでいると教えられた。そうこうしているうちに何故かみなもまでこっちに来ていた。
「来ちゃった」いたずらっぽい目で言うみなも。
「おま、どうやって来たんだよ」と呆れて訊ねると、親指を立てて背後を指すので、うずしおの方に振り返ると、いつのまにかタラップみたいなのが掛けられてた。しょうがないのでみなもを連れて船内に入り、言われたとおりの場所に行くと、船長室があった。少しドアが開いてたので、軽くノックをして入ると、
「来ちゃだめだ! 戻れ!」伊緒里ちゃんのお父さんが叫んだ。ロープでぐるぐる巻にされてる! 芋虫みたいに、首を振ってうにょうにょしてる。何で?????
混乱していると、誰かに口を押さえられて……そして……あれ………………