三島さんの部屋がある階に到着すると、廊下には銃を構えた人が二人待っていた。
「威様、お戻りください! どうかお戻りを!」
「急いでるんです! そこどいてください! 通りますよ!」
そもそも拳銃なんかあまり当たるもんじゃないし、多少当たったって死にはしないと兄貴が言ってた。その言葉を信じて、僕は真っ直ぐ廊下を走った。
二人が、爆走してくる僕に狼狽しているのが見てとれる。
そのスキに僕は彼等の足元にスライディングした。
やった!
二人の間をすりぬけられたぞ!
さっき床がつるつるなのに気付いたから、上手くいくと思ったんだ。
「わるいな!」
「あ!」
「しまった!!」
『ガチャリ!』
僕はそのまま三島さんのオフィスに飛び込んで後ろ手に鍵をかけた。
部屋では三島司令が、立派な革張りの椅子にゆったりと身を預け、ひとりお茶を啜っていた。湯飲みを机の上に置き椅子を半回転させてこちらを向いた。――市ヶ谷で会ったときと同じだ。
この人を見ると、僕は本能的に警戒してしまう。人が良さそうに見えるぶん、ひどく不気味だ。
「南方少尉、ノックもせずに入ってはいけないと、お兄さんに教わらなかったのかな?」
薄笑いの中にヘビのような目を据えた司令官が、僕を見る。
これは――バケモノを見る目だ。
過去何度もいくつも僕に向けられた目だ。しかし生理的に嫌なのは僕も同じだよ。
「何故ですか」
僕は背中に、乱暴にドアを叩く音と振動を感じながら言った。
三島さんは僕を下から上へと舐めるように見た。
「君が、出雲から預かった大事な大事な人質、いや兵器、……だからだよ。分かった上で僕と取引したんだろう? 人間になりたかった威君?」
三島さんの口の端が吊り上がる。
猛烈にムカつくことを言いやがった。これが貴様らの本音か。
「な、なりたかったらどうなんだ。悪いか!」
くっくっく、と声を出さずに笑うと、
「ねえ、どうしたらおとなしくしてくれるんだ? おじさんに教えてくれないかな」
大きく足を組み替えながら、猫なで声でいう。まるで誘拐犯のようだ。
「船を出せ、いや、出して下さい。早く八坂さんを探さないと――」
と言う僕の言葉を遮って三島さんが言った。
「もう出してるよ。君が行く必要はない」
「だって! ……だって怪獣が出るんでしょう? 兄貴でさえ倒せなかったような」
「では君なら倒せるとでも言うのかね? たかが、あざらし岩ひとつ破壊するのに半日もかかるような非力な君に」
「ぐっ……」僕は唇を噛んだ。悔しいが、三島さんの言うとおりだった。
なら、何で店長が倒しに行かないのか、と言いかけて言葉を飲み込んだ。あの人が軍の手伝いをすることはない。
でも、島の人が被害に遭ってる。それは見過ごせるのか。……分からない。
「行かせて、ください。倒せないかもしれない。でも、八坂のおじさんを探したい」
「君は基地で待機。いつもどおり過ごすんだ。これは命令だ」
司令は一瞬眉根を寄せた。
「いやだ!」
僕は衝動的に、腰の武神器を抜いて部屋の半分をふっとばした。大きな穴が空いて、星が見えた。
しまった、と思った時には、もう遅かった。背後で怒鳴り声とドアをヒステリックに連打する音が聞こえる。
「あ……やっちまった……」
「これだから、イクサガミなんて奴を預かるのはイヤなんだ……」
と三島さんは呟きながら、大して驚いた様子もなく肩にかかった埃を払うと、どこかに内線電話をかけて、問題ない、とだけ言った。
「ごめん……なさい」
「気にするな、とは言わないが、力の使い方をきちんと学びたまえ。さもなければみなも君共々、もっと自由が失われることにもなるが。
我々日本政府は、抑止力としてのイクサガミを受け入れることで、君たち人外の市民権を保証している。そのことをゆめゆめ忘れないでもらいたい」
「はい……すみません……三島さん」
三島さんは大きく嘆息すると、
「私たちにとっても、八坂さんは大恩ある方なんだ。別に軽く見ているわけじゃないし、失いたくないとも思っている。だからヘリも船も出している。
今まで捜索に人員を割いてこなかったくせに不公平だ、と島の人に言われてもだ。しかし、それと君を行かせないこととは別の問題だ」
と、諭すような口調で言った。
「じゃあ、船を沈めた犯人を捕まえる算段でもあるんですか?」
「被害者の証言から、現在二種類の大型生物がいるらしい、ということと、主に夜間遭遇している事まで分かっている。だが、それだけだ。
生き残ったゆきかぜの乗員の中にも、敵の全容を把握している者はいない。そして、何故南方中佐が攻撃しなかったのかも」
「攻撃……しなかった? どうして? 僕はてっきり兄貴が怪獣に勝てなかったとばかり……」
「南方中佐は刀を抜くことすら出来なかった。我々にも理由は分からない。威君、君には心当たりあるか」
「いえ……まったく見当もつかないです」僕は首をひねった。
「そうか。とにかく、これ以上私の部屋を壊されてはたまらんからな。君を特別に捜索隊に加えてやる。それで文句なかろう。では、別命あるまで自室で待機したまえ。以上だ」
それだけ言うと三島さんはまたどこかに電話をかけた。