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【11】戦慄の八坂家 1

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

「そろそろ時間だよ。帰りなさい」


 淳吾さんが僕らに声をかけた。


 彼女とイチャつく時間はあっという間に過ぎるもので、気付けば日付が変わりそうな時刻になっていた。インターホンを使わなかったのは淳吾さんの気遣いだろう。


「おつかれさまでした」

「お休みなさい」


 僕らは淳吾さんに挨拶をして、人気のない店を後にした。



  ◇◇◇



 夜の県道を二人で歩いていると、背後から数台の車が乱暴な運転で僕らを追い越していった。危ないなあ、なんて言いながら八坂家まで行くと、家の周りに人だかりが出来ていた。


「どうしたんだろ……うちの前に人が」

「何かあったのかな」

「陸、何話してるのかしら」


 伊緒里ちゃんの弟の陸くんが大人の人と話をしている。とても慌てている様子だ。何だろう?


「ただいま。何かあったの?」伊緒里ちゃんが陸くんに声をかけた。

「姉ちゃん大変だ、父さんの船がいなくなったんだ!」

「……うそ」


 伊緒里ちゃんは、膝から崩れ落ちた。


「伊緒里ちゃん、しっかり」


 僕は伊緒里ちゃんが地面に落ちる直前に体を抱きかかえた。


「威様だ!」

「何で威様が?」

「威様がいるぞ」


 僕に気付いた周りの大人の人は一瞬驚いた様子だったけど、すぐに説明を始めた。


「実は、八坂さんちの諏訪丸という漁船が行方不明になったんです」

「なんだって!」


 この人たちは、おじさんと入れ替わりに港に戻ってきた別の船の人らしい。話してる最中にも、伊緒里ちゃんのおばさんと漁協の人も車でやってきた。

 やはり怪獣の仕業かも……、という声が。


 夜中に叩き起こされたパジャマ姿の空くんが、おばさんに抱きついて泣いている。海くんと陸くんは、おじさんたちの話を真剣に聞いている。


 そして伊緒里ちゃんは、ショックで我を失っていて、僕が支えていないとその場に倒れてしまいそうだった。


 ひときわ空ちゃんの泣き声が大きくなったとき、伊緒里ちゃんが我に帰った。ひきつった顔で僕を見て、ひしとしがみついてきた。腕に伊緒里ちゃんの爪が深く食い込んでいく。


「ど、どうしよう、どうしよう! お父さん、怪物にやられちゃったの? ねえ、威くん、お父さん食べられちゃったの? ねえ! お父さんを助けて! お父さんを――」


 その先の言葉は、嗚咽で何を言っているのか分からなかった。


 さっきまであんなに幸せそうだったのに、何でこんなことになったんだ?

 それもこれも、怪物に遭遇しておきながら、ちゃんと退治しなかった琢磨のせいじゃないのか?

 あのクソ兄貴が敵前逃亡なんてしなければ、おじさんはあんなことにならなかったんだ。伊緒里ちゃんやみんなを悲しませることにならなかったんだ!

 クソッタレ! クソッタレが!


「陸!」


 僕は長男を呼んだ。

 いきなり名前を呼ばれてビクッとしていたが、すぐ僕のところにやってきた。さすがに緊急時だからか、悪態をつくようなマネはしてこない。


「なんだ」

「おじさんは、僕が見つける。そして、怪物を倒してみせる」

「ホントか?」


 陸くんがうめくように言った。


「伊緒里ちゃんを頼む」

 僕は陸くんに伊緒里ちゃんを預けた。


「貴様に言われなくても命をかけて護ってやる」と言いながら、彼は伊緒里ちゃんを抱き上げた。


 伊緒里ちゃんはしくしくと泣きながら、陸くんの胸に抱かれている。

 本心では自分で慰めたいけど、でも僕は、僕にしか出来ないことをしようと思った。慰めるだけなら、弟たちでも事足りる。


 兄貴でも逃げ出すような敵がどんなものか分からないけど、多分今僕が行くしかない。策なんか全くないけど、とにかく捜索の船を出してもらわなくちゃ。


 これ以上の被害を出さないために。そしておじさんを救うために。


     ◇


 僕は漁協のおじさんの車で八坂家を後にした。ゲートの前で車を駐めると、おじさんは中野さんと話を始めた。

 事故の原因が一向に分からないことを責めているみたいだ。


「ごめんなさい、おじさん。多分悪いのは、ウチの兄貴です。僕が島の人たちの仇を取りに行ってくるので、あまり中野さんをいじめないで下さい」と言うと、おじさんは、


「威様、琢磨様のせいなんてことはないよ。船を沈めてるバケモノが悪い、そんでバケモノをいつまでたっても見つけない軍が悪いんだから」と腕組みをしながら言った。


「とにかく、僕が探しにいくんで、中野さんいじめないで下さい。警備の係だからいつもここにいるでしょ? 探す係じゃないんです。だから、お願いします」

 僕は頭を下げた。


「ううむ……。威様に頭を下げられては、もう何も言うまいよ」

 おじさんは、おとなしく帰っていってくれた。



 漁協の車を見送ったあと、中野さんは少し困った笑顔で言った。


「威くん、かばってくれたのは嬉しいけど、ああやって怒られて、島の人の溜飲を下げるのも僕の役目なんだよ」


「そうなんですか?」

「うん。……じゃないと基地の他の人まで怒られちゃうからね」

「僕……余計なこと言ってごめんなさい」

「気にしなくていいんだよ。それが大人の仕事だから」


 ふうむ。大人はいろいろ大変らしい。

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