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【9】新しいバディ 3

 気付くと僕らは、どちらともなく唇を求めていた。


 目の前の女の子一人救えもしないのに、何が神族なのか。なんか最近そんなことばっか考えてる気がするけど、この無力感を一体どうしたらいいのか僕には分からない。

 結局人っていうのは、人の肌の温もりとか、優しいスキンシップでしか心を癒やすことは出来なくて、僕はいつもみなもにそうやって癒やしてもらったように、明日華ちゃんを癒やそうとがんばった。


 無論店長の代わりでしかないし苦しみを肩代わりは出来ないけど、気休めくらいにはなれるはずだ。僕は今出来る精一杯の優しさで、明日香ちゃんを慰めた。


「なーにしとんじゃ?」


 ゴムボートの中でイチャつき合った僕は、いつのまにか明日華ちゃんを抱き枕にして眠っていた。そんな僕らの頭上から、いきなり女の子の――みなもの声が降ってきた。


「いえぁおぅぇぇぇえええええええ――ッ、ななな、なんでいんのっ!」


「きゃあ――っ、ここれ、あのあのいや、じ、事情が事情でえあうああうあうあ」


 僕と明日華ちゃんは、ゴムボートから飛び上がって驚いた。僕らの目の前に、病院の患者服を着たみなもが、不思議そうな顔で立っていたんだ。


 どこからどう見ても修羅場以外のなにものでもない状況に、慌てずになんかいられない。明日華ちゃんは必死に髪や服を整えてるし、僕は僕で何をしたらいいか分からず、その場でぐるぐる回ったりした。


「二人とも慌てるでない。私はみなもではなく、瑞希じゃ。明日香に話があって来た」


「瑞希姫?」僕はぐるぐる回るのをやめた。危うくバターになるとこだったよ。


「! 威くん、こ、この人、確かにみなもちゃんじゃない!」


「マジで!?」


「マジじゃ」と瑞希姫。


「みなもの体を借りて、おまえたちに話をしに来た。時間がないので用件だけ伝えるぞ。まず明日華よ、いつも有人の面倒を見てくれて感謝している。

今の今まで成仏もせずにいるのは、ひとえにあの男の未練故じゃが、姿を見せれば尚未練が増すと思い、百年前から山の中に隠れておったのじゃ。

それなのにあの男ときたら――」


 突然のことで僕と明日華ちゃんは、ただただ瑞希姫の話に頷くしかなかった。時間がないわりには、店長のグチけっこうしゃべってるんだけど……


「それと威よ、私がみなもに憑依したのは今日が初めて、様子がおかしくなりだしたのは霊廟に近づいて私に感化してしまった時からじゃ。薬のことはよく分からんが、火に油を注ぐ結果になったのだろう。痛ましいことじゃ……」


 そう言いながら瑞希姫は、悲しそうな顔をしながら胸に手を当てた。


「今は有人の血で回復した故、案ずることはないぞ」


 僕はほっとした。明日華ちゃんは、少し複雑な顔をしている。そうか……、このまま瑞希姫が店長とヨリを戻すことになったら……。あ、そしたらみなもはどうなるんだ?


「い、いかん、有人が起きてしまう。では、さらばじゃーっ!」


 瑞希姫はそう言い残し、慌てて動力つきのバナナボートで去っていってしまった。


「……何だったんだ?」


「…………あれが、瑞希姫……?」


 僕らは首をかしげながら、白波を立てて去って行く大きなバナナを見つめていた。



 僕と明日華ちゃんがあざらし岩を後にしたのは、あれからまもなく陽も落ちて星が見え始めた頃だった。

 僕が宿舎に戻ると、まだみなもは病院から戻っていないのか部屋に灯りはついていない。僕はドア前に置いてあるクリーニング済みの服を持って部屋に入った。


「瑞希姫はちゃんと病院に帰れたのかなあ……」なんて独りごちながら玄関を上がった僕は、荷物を暗いリビングの床に放り出し、薄汚れた戦闘服のままソファに転がった。

 表から時折飛行機の音が聞こえる。あれは多分、民間のジャンボジェットだろう。いつのまにか僕は、そんなことまで分かるようになっていた。

 さっきうたた寝をしていたせいか、体の疲れは思ったほどじゃない。力の使い方も多少は上手になり、店長の宿題もなんとかクリア出来た。

 でも僕の気分は晴れるどころか、沈んでいく一方だった。


「みなも……」ふいにあいつの名前が、唇から零れた。さっきまで明日華ちゃんを貪っていたこの唇から。

 ……僕は、みなもも伊緒里ちゃんも、裏切ったことになるのだろうか。


 僕はみなもの苦しみに気づき、分かってやるどころか、逆恨みして、捨てられたと思い込んで、挙げ句のはてに他の女の子に熱を上げて、結婚の約束までしてしまって、一体何をやってきたんだろう。

 僕は兄貴の代わりに、この最前線の基地を護るために来たんじゃなかったのか。みなもの幸せのために、軍にこの身を売ったんじゃなかったのか。


 いろんな人に甘えて、いろんな人に迷惑をかけて、いろんな人を悲しませて……。とても責任なんか取れっこない。やっぱ逃げたい。島から逃げ出したい。遭難するのは僕だったらよかったんだ。

 ……あ、兄貴は遭難にかこつけて逃げたんだっけ。


「っざけんなっ、琢磨ッブッ殺す!」僕はクッションを壁に投げつけた。


 ――やっぱあいつをボコボコにするまでは、ここから逃げるわけにゃいかねえ。


 そう思ったら、なんかいろいろ吹っ切れた。我ながら単純だな。

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