僕は学校から宿舎に戻ると、軽くシャワーを浴びて野戦服に着替えた。
ごわごわしてた最初の頃と比べたら、ずいぶんと柔らかくなって体にしっくり馴染んできた。
で、ウルトラ急いで基地はずれの空き地@仮設訓練所に行くと、待ちくたびれた明日華ちゃんが、えんじ色のジャージ姿でプリップリ怒っている。
あーあープリプリツインテールさんがいるよー。ちょっと待たせ過ぎたかな。
手には、みなもが店長からもらったのと同じ型の巫女っ子ステッキを装備している。あれって量産型なのかなあ?
「おーそーい!」
明日華ちゃんがステッキを突き出して、僕を怒鳴りつけた。目が三角になってるよ。
「ごめん、待たせちゃって」僕は手を合わせて謝った。
「どーせどっかで八坂さんとイチャついてたんでしょ、このエロイクサガミ」
図星だ。「うっ……さーせん。ところで店長は?」いつもテントでgdgdしている店長の姿が見当たらない。そういえば難波さんも……。
「MADAOなら病院でしょ。難波さんは内偵中よ。表面上はドクターの背後に怪しい気配がなかったから、とりあえずは先に板場と薬剤師あたりを洗ってるらしいわね」
「先生はそんなことするはずないよ。僕は信じてる。……腕の方は微妙かもだけど」
「はっきり言うわね。それにしてもあの子に毒を盛るなんてどういうつもりなのかしら。殺すつもりならとっくだし、操り人形にするつもりなら何種類もデタラメに投薬している理由が分からないわ。それから……」
そこまで言って明日華ちゃんは口ごもった。
「……それから?」
「私も聞かされた。あの子瑞希姫の生まれ変わりなんかじゃなかったのね。勘違いしててごめんなさい、威君」
明日華ちゃんがペコリと頭を下げると、おさげもひらんと揺れた。
「うぇ、あ、いや、その、あはは……うへ……平気、うん、大丈夫」
怒りんぼな明日華ちゃんに改まられると、どうしていいか分からなくなる。余裕ないカンジでやだな、僕。
今になって気付いたけど、難波さんは多分最初からクローンって知ってたんだろう。でも、僕はそれを責める気にはなれない。
だってバケモノの僕だけじゃなく、造り物のみなもにも、難波さんはずーっとあんなに優しくしてくれてたんだから。
それに、みなものこといろいろ考えたけど、やっぱみなもはみなもだから、今までどおりでいいんだって素直に思える。
でも……何でだろう、みなもが普通の人間じゃないって知って、僕はどこかホっとしてる。……僕ってやっぱ、ヤなヤツかもしれない。
明日華ちゃんが店長からメモを預かってきたっていうんで、一緒に見た。そこには、
『あざらし岩を破壊せよ』
……とだけ、兄貴みたいな読みづらい達筆な字で書いてあった。しかもこの紙、カメクラの買い取りリストの裏側、マジでチラ裏だった。ざけてんな、あのおっさん。
「あざらし岩って、あれだろ?」
僕は訓練場の遙か先に浮かぶ、あざらしっつーよりは銘菓ひよこ的な形をした、小さな島? というか、大きな岩を指さした。
「そうよ。背中の穴、あの人がやったんでしょ」
明日華ちゃんの言うあの人とは、断じて南米出稼ぎ外人から嫁を寝取ったあの人ではなく、ご近所のゲーム屋のオヤジである。
で背中の穴ってのは、訓練初日に店長がお手本を見せた際、武神器の模造品「パーミルソード」をぶっぱなして空けた、あざらし岩の穴のことである。
軍の人が用意したゴムボートで、僕と明日香ちゃんはアザラシ岩までやってきた。
「真下から見るとデカいなあ……」と、岩を見上げる僕に、
「校舎の三階くらいの高さはありそうね」と、明日香ちゃんも見上げて言った。
こんなに大きなもの、今日中どころか一週間かかっても壊せそうに思えない。でも横で明日香ちゃんが恐い顔で睨むので、しぶしぶ武神器を準備した。
手短にあった岩をシビリアンハンマーで叩いてみるが、案の定たいして壊れはしなかった。
初めてドラムカンに切りつけた時のように、手のひらに痛みだけが残る。僕は早々に傷が治ってしまうから、皮膚が痛んだことで手の皮が厚くなることも、タコが出来ることもなく、結果、皮膚を保護することも出来ずに手が傷付くのを繰り返すしかないんだ。
そう思うと、傷がさっさと治ることが果たしていいことなのか、分からなくなる。
やっぱり僕は、人の方がいい……。神としてのメンタリティを一切持たない僕が、なんでこんな事をしなくちゃいけないんだろう。それもこれも、琢磨のせいだ。琢磨の――
「ちょっと! 何してんのよ、威君! 手が血だらけじゃない」
明日香ちゃんの声で僕は我に帰った。
どうやら僕は、ロボットのようにひたすら岩を殴りつけていたらしい。
よく言われるけど、つい余計な事を考えてぐるぐる回ってしまう。僕の悪い癖だ。出口のないことで、子供の頃からずっと悩んでたからかもしれない。
だからみなもは、あまり褒められないけど、その場しのぎの効果的な方法で僕を慰めていたんだ。
それが麻薬だと分かっていても、僕らにはどうにも出来なかったから。だから。
「あ……。そう、だね。軍手しなきゃ……」
僕がポケットから軍手を取り出そうとすると、明日香ちゃんが僕の手首を掴んだ。
「ズボン汚れちゃうでしょ。手、出して。洗ってあげるから」
と言って、荷物からペットボトルの水を取り出して、手についた血液を洗い流し、消毒してガーゼで拭いてくれた。
「あんたねえ、力の使い方がまるでなってないわ。そんなんじゃ私、帰れないじゃない」
「そんなめくじら立てて怒らないでよ。僕は昨日今日始めたばかりの素人なんだよ?」
僕はそう言いながら新品の軍手をはめて、ペットボトルに残った水を飲み干した。