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【6】恋人は部外者

 僕はみなもを病院に残して、一人学校に行った。

 ホントはみなものそばにずっといたかった。でも、難波さんが行けって。


 難波さんのジープで学校まで行くと、彼は担任にみなもが入院してることを連絡するからって、職員室に行った。僕は途中まで一緒に校舎の階段を上がり、そして四階にある自分の教室に向かった。


「おはよう、威くん」

 伊緒里ちゃんが不機嫌そうな顔で僕に声をかけてきた。


「ごめん、昨日はちょっと……みなもが倒れて店行けなかったんだ」


 伊緒里ちゃんは驚いて、

「えっ? 倒れたって、どういうこと?」


 僕が昨日のことを所々伏せながら不器用に説明してると明日華ちゃんがやってきて、僕の舌足らずな説明を補足してくれた。

(だから他人に物事を説明するのは苦手なんだって)

 普段イジワルな明日華ちゃんも、今日ばかりは少々気遣わしげに僕に接してくれていた。


 昼休みになり、今日はみなも抜きの、僕と伊緒里ちゃんと明日華ちゃんの三人で昼飯を食うことになった。

 最近はうっとおしい生徒も減ったし僕も人目に慣れてきたので、学食の隅っこじゃなくて景色のいい場所で食べることにしたんだ。これも明日華ちゃんの気遣いなのだろうけど。


「だから、私が今日は貴方のパートナーになるって言ってんの。聞いてる?」


 明日華ちゃんが藪から棒にこんなことを言いだした。

 というか、多分さっきっから言ってたのかもしれない。かもしれないってのは、メシ食いながらぼーっとみなものことを考えてたから、明日華ちゃんの話はほとんど頭に入ってない。つか、話しかけられてるとすら思ってなかったんだ。


 横で伊緒里ちゃんが目を三角にして殺気立っている。ただでさえ昨日は店に行かなかったし、家にも迎えに行かなかったもんだから、朝から相当機嫌が悪い。

 事情は分かってるはずなのに、伊緒里ちゃんは自分がないがしろにされたって顔してて、正直ちょっと困ってる。

 多分プライドがすごく高いのかもしれない。

 今からこんな調子じゃあ二人ともカノジョ、いや嫁にするのは相当難易度が高いよなあ……。


「あいや、あのね、訓練する時に、巫女がいないと武器が使えないんだ。いまみなもが入院してるだろ? だから、明日華ちゃんが代理をやってくれるって話なんだ」


「ふーん……そっか。大変なのね威くん。明日華さま、威くんをよろしくお願いします」


 僕はしなくてもいい言い訳を伊緒里ちゃんにした。

 伊緒里ちゃんはすっかり女房気取りで明日華ちゃんにこんな挨拶までして。まあ、女房気取りなのはホントはすごく嬉しいんだけど。


 本来なら、部外者に仕事のことを話すのは良くないとは思うんだけど、やっぱキチンと説明をしておくべきだろうな。

 だって伊緒里ちゃんは、僕のお嫁さんになる人なんだから。


 ……お嫁さん。なってくれるんだろうか。


 ホントのこと言ったらやっぱ嫌われるかな。実はみなもも好きだったなんて言ったら、一生口きいてもらえないかもしんない。


 明日華ちゃんは、大船に乗ったつもりで任せなさい、とか得意げに言ってるけど、確かに店長の信頼も厚くて色々訓練してる子なんだから、多分みなもと訓練をするよりも、何かしら進展はありそうだって期待感はある。

 明日華ちゃん、どんなだろう。バディ的に。




 放課後、校内の人気のない場所を選んで僕を連れていく伊緒里ちゃん。巧妙に死角になる場所を選んでる。すげえ知能犯だ。一日放置されて寂しかったのか異様に甘えてくる。


「……威くん、やっぱり変」急に体を離して伊緒里ちゃんが言った。


「え……」僕は思わず目を逸らした。


「今日ずっと私の顔見ないようにしてたよね? なんで? やっぱり、みなもちゃんの方が良くなったの? みなもちゃんと何があったの? もう私は用済みなの? ねえ!」


 僕の胸ぐらを両手で掴んで、伊緒里ちゃんがまくしたてた。ゆがんだ顔に涙が零れる。


「ま、まって、まって! そんなこと……ちょっと誇大妄想だよそんなの。いったいどうしちゃったんだ伊緒里ちゃん。僕は伊緒里ちゃんが好きだ。今でもちゃんと好きだよ」


「じゃあ何でそんな風なの? 避けてるじゃない!」超にらむ伊緒里ちゃん。


「あのさ……。やっぱ彼氏って、ネコミミランドに連れてってくれる人の方がいいよね」


「……?」


「僕なんかじゃ……迷惑だよね?」


 伊緒里ちゃんの目が険しくなり、僕は背にしていた校舎の壁にドンと叩きつけられた。


「威くんってそんな卑怯な人だったの? イクサガミってちゃらんぽらんな人ばっかだけど威くんだけは違うって思ったのに! 自分は傷付かないように私の口から別れを言わせるつもりなのッ?」


 伊緒里ちゃんは泣きながら、力いっぱい僕を壁に何度も叩きつけた。痛くはない。でも、心はすごく痛かった。僕は伊緒里ちゃんの気の済むまで、壁にガンガンされていた。さすがに二十回を越える頃には疲れたようで手が止まった。


「違うんだ……そんなつもり、全然ないよ。別れたくなんかない。伊緒里ちゃんはすごく大事な人だよ。ただ、どうしたらいいかわからないんだ」僕はぐったりとうな垂れた。


「わから……ない?」伊緒里ちゃんは僕を解放し、ハンカチで自分の顔を拭いた。「どういうこと? 私に言えることなら、教えて、威くん……」


 僕はコクリとうなづくと、一部始終を話した。守秘義務なんかクソッタレだ。だって僕にはかいつまんでなんか説明出来ないもん。


 僕のたどたどしい話を、伊緒里ちゃんは時折頷きながら、じっと聞いてくれた。


 僕はこみあげてくるものを押さえ、ときどき言葉に詰まりながら、それでもできるだけ誠実に、自分の気持ちを伝えようとがんばった。だって僕は、二人とも大事だし幸せにしたい、それが本気で本当に正直な気持ちだったから。


 しまいにはもう、大泣きして自分でも何言ってるのかわかんない状態だった。


「泣かないで、もう分かったから。ごめんね、乱暴なことして」


 伊緒里ちゃんが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな僕の顔を丁寧に拭いて、鼻をチーンしてくれた。実に手慣れている。そして「大変だったのね」と言って、僕を抱き締めて、背中をさすってくれた。


「ごめんなさい威くん、……気持ちはよく分かったわ」


「許して……くれるの?」僕は恐る恐る訊いた。


 伊緒里ちゃんはうんとうなづくと、

「大丈夫よ。心配しなくていいわ。後は私とみなもちゃんが話し合って決めるから。威くんが悲しむようなことにはしない、だから、安心して訓練がんばってらっしゃい」

 と優しく言って、肩を軽く叩いて送り出してくれた。

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