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【5】みなもの真実 5

 気付くと僕は、病院のベッドに寝ていた。

 外は薄暗く静まりかえっている。

 多分早朝。


 僕とみなもと店長の他には誰もいない。

 首のうしろがやけに痛いのは、さっき難波さんにバシっと手刀でヤられたからだろう。


 横を見るとみなもが安らかな顔で眠っている。

 多分治療の効果で苦しみが和らいだんだ。


 その脇で店長が、毛布にくるまって椅子に座って眠っている。

 顔色が悪いから、多分たくさん血を抜いたんだろう。


 なんであんなことをしたのか、自分でもよくわからない。

 でも、死ぬほどイヤでイヤでイヤだった。


 イヤってことは、……やっぱ僕は、みなもが心底好きだったんだ。

 バカだな。窓なり壁なり蹴破って逃げればよかったのに。


 でも、今までそんなことしてこなかったから、とっさの時にはやっぱ出来ないもんなんだな……。


 これから、どうしよう。


 ――ぐきゅるるる……。


 すっげー音で腹の虫が鳴いた。そういや、昨日の晩はみなも待たせてて急いでたから、ゴハン一杯しか食ってなかったんだよな。超腹減るわけだ。


「あれ?」


 なんか食いものを物色しようと思って起き上がると、腕から管が下がっている。

 赤い。

 つつ……と目で追うと、なんかの機械を経由して、みなもの腕に繋がってる。


「ん……起きたか、威」

 店長が目を覚ました。なんかぐったりしている。


「店長、これ……」

 僕は管のぶら下がったままな腕を上げて、店長に見せた。


 店長は、ふっと力なく笑うと

「俺のだけだと何かイヤみたいだったからな。お前の血も支障のない程度に少しだけ混ぜといてやったんだよ……。文句ないだろ?」と言った。


 バカな僕に気を遣って、こんな面倒なことをやってくれたんだ。なんか一晩経って頭が冷えたというか何というか、ひどく申し訳ない気分になった。


「ごめんなさい……」


「ずいぶんと殊勝なこったな。

 ……そんなに愛してんなら、何で伊緒里と付き合った?」


「……いろいろ、あったんだ。僕だって、最初から伊緒里ちゃんと付き合うつもりなんかなかったんだ。

 でも、みなもにあんなことされて……もうダメだと思った。だから……」


 店長はふー、とため息をつき、髪をかき上げると、


「ま、伊緒里はああいう娘だ。お前が惚れるのも分からんでもないよ。

 ただ、俺も親子共々大事にしてる子なんでな、泣かすようなマネはしてもらいたくないんだ」


「ぼ、僕だって! ……僕だって、責任取る気マンマンですよ。ですけど……」


 僕は言葉を濁すと、みなもに視線を投げた。

 ふとんが微かに上下をしている。

 みなもとどちらかを選べと言われると、腸捻転を起こしそうになるほど悩ましい。


「いっそ二人とも嫁に出来れば問題ないのに……」


「そうだよな。お前はチャランポランな兄貴と違って根はけっこうマジメだもんな。悩むくらいなら、思うとおり、両方嫁にしちまえよ」


「それこそチャランポランじゃないか! ……でも、出来るなら……そうしたい」


 そうしたらどうなるんだろう? 片方が正妻で片方がお妾さん?

 どっちが上とか決められないよ。

 一夫多妻の国じゃ、こういう時ってどうしてるんだろう。


「ま、お前が手放すなら、俺はいつでもみなもを引き取っていいんだぞ」

 冗談とも、本気とも取れるような、不敵な笑みで店長は言った。

「ぬかせ、おっさんが」



 とりあえず輸血中で動けない僕の代わりに、店長が食事を持って来てくれた。病院の朝ご飯だから、どえらくさっぱりしてる。

 こりゃあ、すぐに腹が減りそうだ。


 みなもはまるで眠り姫スリーピングビューティーのように、すやすやと眠っている。口付けをしたら、みなもは目を覚ますのだろうか……。そういえば、顔色も少し良くなっている気がする。


 食事をしていると、お医者さんと看護師さんが回診にやってきた。

 看護師さんが僕の腕のチューブを外して消毒し、僕とみなもの間にあった機械を止めた。


「もう、落ち着かれましたか? 威様」

 お医者さんが僕の脈を取りながら訊いた。


「はぁ……、すいませんでした。ちょっとどうかしてました」

 ホントだよ。恥ずかしい。


 すると、お医者さんはゆっくりと頭を左右に振って、

「大事な方がこんな大変な目に遭われたのです。無理もありませんよ。ご自分をお責めにならぬよう」と僕に言った。


 さらに先生は、みなもの詳しい病状を説明してくれた。


 とはいえ僕に理解出来たことといえば、みなもに投与された大量の薬物のせいで、多少脳に異常を来していたことや、内臓にかなり負担がかかってしまい、手当が遅ければ機能障害が残って、最悪臓器移植をしなければならなかったということだった。


 そして、店長の、神族の血を輸血して、みなもの内臓の痛んだ部分を再生しているのだと。


 僕は、自分たちの血が人を癒やす効果があるなんて、全く知らなかった。

 店長は、「軍に知られると、体のいい回復キャラとして使い倒されるから黙っておけ」と僕にクギを刺した。


 だから、軍の病院から自分が経営している病院に移したんだな。確かに、いちいちケガ人が出るたびに血を抜かれていたんじゃたまったもんじゃない。


 先生は、このまま治癒が進んで内臓が全快した頃に、透析でキレイにしたみなもの血を体に戻すって言ってた。

 何で? って訊いたら、そのまま神族の血を入れっぱなしにしてしまうと、みなもが転化して、僕らと同じ神族になってしまうから、だって。


 これも初耳だった。

 じゃあ、神族と結婚した人が神族に転化するとき、出雲でやる儀式って、ぶっちゃけ輸血するってことなのか……。

 僕がやろうとしたのは人間になる儀式の方だったから、内容は未だわからず仕舞いなんだけど。

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