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【20】連続海難事故 2

 ……と、朝っぱらから豪華海鮮料理と家庭の雰囲気をしばらく満喫していると、おじさんが読んでいた新聞を畳み、難しい顔で僕に話し始めた。


「琢磨さんの船が沈んだのと前後して、ここいらの海域では原因不明の海難事故が多発しているんだ。さっきもテレビでやってただろう。

 聞いた話じゃ、あっという間に沈んでしまうから原因が分かりにくいんだが、俺が思うにあれは、デカいバケモノなんじゃないかと思ってるんだ」


「バケモノ? ゴジラみたいな巨大怪獣とかですか? ……まさか」


 いくら自分が人外だからって、巨大生物なんて、にわかには信じ難い。

 でも、琢磨がやられたってことは――――


「威くん、基地で何か聞いてないかい? 俺も、これ以上仲間の船が沈められるのを黙って見ている訳にゃいかねえんだ」


 おじさんは、深いため息をついた。


「ごめんなさい、残念だけど、僕何も聞いてないんです。軍の人とはゲートの人と、難波さんぐらいしか口きかないし。任務で船に乗ったことすらありませんから……」

「そうか。すまなかったね」


「いえ……何も役に立てなくて済みません……」


 そう言うと、おじさんはがっはっは、と豪快に笑って僕の頭をくしゃっと撫でた。


 ――巨大生物が事故の原因だろうか?


 ゆきかぜを沈めるような大きな生き物なんて、ぜんぜん想像もつかない。

 ただでさえ、あの琢磨が乗っていたのに沈むなんて、どれだけデカいんだ……。


     ◇


 僕と伊緒里ちゃんは普段より出遅れたせいで、教室に着くと既に半分くらいの生徒が登校していた。


 HRまでの間僕が数人の男子とゲームの話で盛り上がっていると、


「南方くん、いったいどうなってるの?」

 と、クラスメートの女子がキレ気味に声をかけてきた。


「どうって、何が?」


 僕には、朝っぱらから女子に詰め寄られる理由が思いつかない。


「うちの会社の船、もう三隻も事故で沈んでるのよ。軍はまだ原因が分からないの?」

「あ…………」


 ――さっきおじさんの言ってた……あれか。


 聞けば彼女の実家は海運業者らしい。

 本当に何も知らないけど、謝るしかない。


「僕は事故調査のこととか、中のことは一切分からないんだ。

 何かやってるってことだけは、なんとなく伝わってくるけど、軍の人は僕に何も教えてくれないし、うちの兄貴もまだ見つからない。……役に立てなくてごめん」


「そう……。琢磨様もまだ見つかっていなかったわね。ごめんなさい、南方くん」


 彼女も怒りを収め、兄貴の心配までしてくれた。


 そう、兄貴が事故でいなくなったから、僕はここに来た。

 その事をよく忘れる。でも、忘れてはいけないことなんだ。

 だからって、僕自身には何一つ出来ることはない。


「実はうちも……」

「うちもだ」

「お父さんの会社も大変なんだ」

「親戚の病院、医薬品が届かないから軍の飛行機で運んでもらってたよ」


 話を聞いていた周囲のクラスメートが、次々と事故の話をし始めた。

 すると他にも、連続する海難事故に家族や親類、その職場の仲間が関わる生徒が案外いて、問題の深刻さを改めて感じる。


 そういえば、もうじきHR始まりそうなんだけど、みなもの姿が見えない。

 やっぱ、言い過ぎたかな……。


 悪いとは思うけど……どうしても、許せない。


 僕も、悪いのに。


 結局下校時刻になるまで、みなもは来なかった。


 僕と明日香ちゃんだけ心配してたのは、みなもの事情を知ってるからだ。

 伊緒里ちゃんは表面上は心配してたけど、本心では顔を合わせずに済んで清々していたかもしれない。


 明日香ちゃんは伊緒里ちゃんとは逆に、表面上はさばさばしたものだったけど、みなもが寝込んでロクに訓練も出来ないことを知っている。


     ◇


 学校から戻ると、僕はその足でまずPXに向かった。

 目当ては難波さんだ。


 だいたい授業が終わると、僕よりちょっと先に基地に戻っている。考えてみれば、ずいぶんと気楽な護衛役だよな。


 店内に入ると、早速雑誌コーナーで難波さんを見つけた。

 ズボンのお尻に手を突っ込んで、ボリボリ掻きながら成人向けの雑誌を熱心に読んでいる。


(完全に油断しまくってんな)


「……人妻ですか」

 僕は難波さんの背後から声をかけた。

 ププ、クスクスクス……。


「うお! 威か。ひ、人の性癖をとやかく言うもんじゃないぞ」

 僕の声にビックリした難波さんが、読んでいた雑誌を落っことした。


 話があるから、と難波さんを店の外に連れ出し、今朝方八坂家や、学校で聞いたことを話した。すると難波さんはしばし思案して、三島司令に相談すると言ってくれた。


(ちゃんとどうにかしてくれるのかなあ……)


「難波さん」

 僕は不安になって訊いてみた。


「ん、なんだ?」

「僕に出来ることって、なんかあるんでしょうか。学校で、軍は何やってんだって詰め寄られちゃったし……」


 人妻スキーな難波さんは、ふーっとため息をついた。

 そして、僕の頭をごしゃごしゃとなでながら、


「今のお前に出来ることは、訓練に集中して、一日も早く武神器を使いこなすことだ。事故の件は俺等大人に任せておけ。いいな?」


 いかにも大人が言いそうな事だったけど、難波さんの言葉は、その場しのぎには聞こえなかった。


「わかりました。難波さんが、そう言うんなら」


 ――でも、八坂のおじさんに、一体何て言えばいいのかな。

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