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【18】吠える狼、打ち伏す神 3

 僕と陸は、ほぼ同時に立ち上がった。


 もうなんで戦ってるのか、よくわかんなくなっていた。


 とにかく、目の前のコイツはブチのめさなければならない。


 ただそれだけで、立ってる状態だった。

 ――伊緒里ちゃんのことは、頭からどっかいってた。



「うおおおおおおッ」

『ガアアアア――ッ』



 互いに突進し、ぶつかった。


 爪と刃、そして、爪と刃。


 向かい合い、がっつり掴み合う格好だ。

 力が均衡しているのか、押しても引いても、ウンともスンとも動かない。


 唸りながら、にらみ合う。そして――



「こんッのおおッ!!」


 僕は、陸の長い鼻先に、思いっきり頭突きをかましてやった。


 ――ガスッ!


「んぎゃッ!」


 陸は悲鳴を上げて、己の鼻を押さえた。


 ヤツがよろけたスキに、ガラ空きになった腹へ渾身の突きを撃ち込んだ。


(チッ、固い)


 だが陸はとっさに腹に力を入れ、僕の拳を受け止めた。


「させるか、よそ者ッ」


 ヤツが低く呟くと同時に、僕の体が宙に浮いた。


 陸に足払いをかけられた僕は、受け身も取れず、背中から地面に叩きつけられた。

 目の前に、ヤツの踵が振り降ろされる。


 ――――ヤバイッ、


 僕はごろりと横に一回転した。

 直後、耳の側で風が舞い、後からずしりと振動が伝わる。


 陸からさっきの余裕は失せ、殺気が戻ってきた。


 ナメていては倒せない相手だと悟ったのだろう。

 それは僕も同じだ。


 軽く痛めつけて、伊緒里ちゃんから手を引かせようなんて、ヌルいことを考えていたんだから。


 幾度か殴り合い、蹴り合った末、気付けば互いの服はボロボロになっていた。


「ぐはッ」


 汗が目に入って視界を失ったスキに、陸が僕の横腹を蹴り飛ばした。


 肋骨は? 折れたと思うほど、かなり痛い。


 僕は横向きにゴロゴロ転がり、そのままの勢いで起き上がった。


「いたたた……」

「起きるなよ! よそ者!」


 ったく冗談じゃない。

 そのまま寝ていたらヤツがマウントを取って、ボッコボコにされてしまう。


 だが、やられぱなしの僕じゃない。


「やーだね!」


 転がって距離を取った僕は、すこしスキのある構えで陸を誘った。


「ッざけんなああああああッ!!」

 頭に血が昇ったワンコロは、案の定真っ直ぐ突っ込んできた。


(こい! そのままこい!)


 あと少しで陸の爪が届く、その瞬間――


 僕は闘牛士マタドールよろしく半身でかわした。


 そして、遠心力を利用し、強い横回転をつけて双剣二本を陸の背中に叩きつけた。


「でやああッ!」

 みしり、と手に感触が伝わった。


 ギャンッ、という陸の甲高い悲鳴が夜中の空き地に響く。

 その場で地面に叩きつけられる人狼。


 僕は俯せに倒れた陸の背中でマウントポジション。

 そして、双剣・危機と羅良で、何度もヤツの背中を打ち据えた。


「こいつめっ、人騒がせなっ」

「ぎゃあッ、や、やめッ」

「さっきの石すげー痛かったんだぞっ、このこのこのっ、」


 僕は無慈悲に、かつ太鼓ゲーのように、バンバン叩いた。

 峰打ちでなければ、今ごろコイツは挽肉になっている。


 陸は悲鳴を上げながら、足をバタバタさせてムダな抵抗をしている。


「ひっ、痛い、イテテテテテテ、痛いやめろコラ乗っかるな! 痛い痛い、姉ちゃん! 姉ちゃん助けて! 伊緒里――ッ!」


 ワンコ頭の陸は、情けない声でお姉ちゃんに救助を求めている。


(コイツ、人に攻撃はするくせに、自分は異様に打たれ弱いんじゃんか)


 それでも僕は手を緩めず、ボコボコ叩き続けた。

 背中、頭、たまに腕とか。

 手の甲は結構痛いらしく、うひぃとか悲鳴を上げている。


「ふざけんな、このくらいでヒーヒー言いやがって、伊緒里ちゃんの分も、弟くん二人の分も、まとめてフルボッコだ!」

「お、お前の分は、ない、のか、よそ、もの!」


 切れ切れに言う陸。


(よそ者……)


 陸くんの頭の中では、僕はイクサガミでも海軍少尉でもなく、本土から来た異邦人ということらしい。間違ってないけども。


 僕は一旦手を止めた。


「それはな、陸くん……。僕の痛みは、君への償いだから、入ってないんだ」


 僕だって、悪いとは思ってるんだ。

 これで罪悪感のないヤツなら、ちょっとどうかしている。


 陸も何かを感じたのか、大人しくなった。

 いつのまにか狼頭も、普通の男の子に戻っている。


「よそもの……」

「これ以上手を出すなら、そこからは勘定させてもらう。それからな、僕はよそものじゃない。お前の兄ちゃんになる男、南方威だ、覚えとけ!」

 僕はポカリと陸の頭を叩いた。




 将来の弟の教育的指導を行っていると、目の前がすごくまぶしくなり、数台の車が現れた。

 中野さんをはじめとした警備のみなさんだった。


「南方少尉なにやってるんですかこんな夜中にケンカなんてー」

 相変わらず呑気な、彼女いない歴=年齢の中野さんだ。


「痴情のもつれです。お気になさらず」


 僕はそう言うと、武神器をこそっと腰に戻し陸に手を差し伸べて引き起こした。

 不服そうな陸は、大人がいっぱいいるので静かにしている。


「痴情のもつれは結構だけど、フェンス壊したり、アスファルト剥がしたりしないでね」

「「はーい」」

「じゃーもう遅いから、解散解散。二人とも別々に車に乗って下さい。家まで送るから」


 というわけで、僕は中野さんの車、そして陸は他のに乗り込んだ。

 いざ発進、と思ったその時。


「いってええええ――――ッ!」

「うわっ、つつつ……なんだこれ」


 どうしたもこうしたもない。


 どさくさ紛れに陸のヤツが、車の座席にあったジュースの缶を思いっきり僕に投げつけたんだ。

 油断してた僕にクリーンヒットした缶は、跳ねて中野さんの顔にも命中した。


「こらー!」

「ってえなこのワンコロ!」


 中野さんと僕は同時に罵声を浴びせたが、ヤツの乗った車は発進して、もう遠くに行ってしまった。

 クソッタレめ。

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