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【17】吠える狼、打ち伏す神 2

 陸の雄叫びが近づいてくる。


 ヤツはガシャガシャと乱暴にフェンスを昇り、てっぺんに立つと、無様に地面に転がっている僕をひと睨みした。


「殺す!!」


 叫ぶと同時に、陸はフェンスの上端を蹴り、闇夜に舞った。


 僕はすぐさま受け身を取って、その勢いで立ち上がった。


 僕のいた場所に、人狼のキックがめり込む。


 陸が体勢を崩した。


 僕は、ヤツめがけて剣の峰を思い切り撃ち込んだ。


「でやあああッ!」

「ハッ!」


 だが、陸は足の裏でそれを受けやがった。

 なんて運動神経なんだ!


「本気で来いよ!! 俺は貴様を殺す気マンマンなんだぞ!!」

 陸が吠える。


 手加減なんかしてない。してられるわけがない。


 骨の二、三本は折る気じゃないと、僕は負ける。ウエイト差のない相手との格闘戦では、スピードと手数の多いやつには勝てない。


 この場合、人狼はトップクラスに強い。


 煽っておいてなんだけど、僕は少々、自分の力を見誤っていたかもしれない。

 正直、ちょっと焦っている。


 ――でも今は、武神器がある――



「遊んでるのは、そっちだろ!」


 虚勢でも構わない。気力で負けたら終わりだ。


 僕は、双剣を構えた。


「ガアアアアアアッ!」


 人狼の咆哮が、圧を伴って僕にぶつかってくる。


 思わず、双剣でガードしてしまう。


 気圧される! そう思った瞬間、僕の体が数メートル後ろのフェンスまで吹き飛んだ。


「ぐあッ」


 己で視界を遮ったんだ。自業自得。


 そのスキをついて、陸は僕に蹴りを食らわした。


(ヤバい、突っ込んでくる!)


 僕は急いで起き上がり、脇に向かってダイブした。


 受け身を取った直後、けたたましい音とともにフェンスが悲鳴を上げた。

 背後を見上げると、高さ三メートルはあるフェンスが、真っ二つに引き裂かれていた。


 ――人狼の鋭い爪だ。あれを喰らったら、タダじゃ済まない。


 僕は陸の殺意に戦慄した。


 嬲り者にされたことはあっても、本気で殺されそうになったことなんてなかったんだ。


 だが、こいつを倒さなければ伊緒里ちゃんの平穏は訪れない――――!!



「どうした、よそ者。逃げるしか脳がないのか? 達者なのは口だけか?」


 陸が余裕たっぷりに言った。


 ――クソッタレ。


「逃げる気はないよ。逃げる気は。だが――殺される気もないッ!」


 僕は双剣を頭上に振り上げ、陸に飛びかかった。


 だがヤツは上体をすっと引いて避けてしまう。右、左と振りかぶるが、それも長い爪で受け流されてしまった。


(こんなハズじゃ……僕はもっと――)


「警戒して損したぜ。イクサガミがこんなヘタレだったとはな。お前の兄貴とはえらい違いだな」


 殺意は若干薄れ、その代わりに僕をナメ切っている。はっきり言ってイラついてしょうがない。


「兄貴は関係ねえだろ!」


 今度は陸が爪を打ち下ろしてきた。

 二度、三度、剣で受ける。ヤツの斬撃は、軽く振り下ろしているように見えるのにひどく重い。


 だが、こっちだって武神の家系だ。やられるワケにはいかない!


 広い場所ならなんとかなる、そう思って基地の敷地内に誘い込んだのに、この劣勢は一体何なんだ!


 コソコソしたヤツだからと若干油断もしていた。

 だけど、人狼のポテンシャルは僕の想像以上で、いや、自分のスペックを過大評価してたからこそのピンチなわけで。


 さっきから、陸がくそ重たいウルフクローをブンブンと振り降ろしてくる。

 その度に僕はじりじりと後退させられる。


 僕の何が陸の嗜虐心を煽っているのかわからないが、ときどきフェイントまで入れてくる。

 かと思ったら、思いっきり腹にパンチを入れてもくる。

 これじゃあオモチャだ。


「どうした! よそ者ォッ! 遊んでくれるんじゃなかったのかよ!」


 防戦一方になりながら、僕はヤツの動きを観察した。

 ――勝機を探して。


 それは、すぐに来た。


「クッソおおおッ!」


 僕は、陸が腕を振り上げた瞬間を狙って、ヤツの腹を思いっきり蹴り飛ばした。


「ギャッ!!」


 僕の蹴りがめり込むと、陸の体は軽々と数メートルほど吹っ飛んで割れたコンクリートの上をゴロゴロと転がっていった。


(チャンスだ!)


 僕は助走をつけ、一気にスピードを上げた。


 ヤツの手前でダイブ、体を思いっきり反らし、双剣を腹めがけて打ち下ろした。


「くらえッ!」渾身の一撃×二!!


 ――が、陸は膝を上げ、向こうずねで僕の攻撃を二本とも受けた。


「ッギャアッ」


 陸は叫び声を上げ、その場でのたうち回り始めた。


 腹への攻撃をかわすつもりが、余計にダメージがでかかったようだ。

 すねなんか、棒で叩かれたら本気で痛いに決まってる。


「バカめ。油断してるからだ」


「陸、もう伊緒里ちゃんにちょっかい出すな」

 僕は、足を抱えてゴロゴロ転がっている陸を見下ろして言った。


「ふざけんなっ、死ね! 死ね!」

 口だけは一人前だ。


「…………」


 僕は閉口した。一体こいつはどうしたいのか。


 僕はこいつをどうすりゃいいのか。


 陸はうずくまりながら、グルルル……と唸っている。

 多少は痛みが引いたのだろう。


「あのさ……」

 呆れた僕が陸のそばに近寄ったその時――


『ガアアアアアアアアアアッ!!』


 陸はまだ戦意を失ってなんかいなかった! ヤツは一瞬で僕の足に喰らいついたんだ!


「うあああああッ」


 足首が千切れるように痛い。


 ヤツの牙が深く深く突き刺さっていく、おぞましい感触が激痛と共に僕を襲う。


 振り払おうとすると、今度はヤツの爪が僕の太股に突き立てられる。


 僕は歯を食いしばって、陸の頭を思い切り蹴り飛ばした。


『ギャンッ!!』


 陸は短く悲鳴を上げて吹っ飛んだ。


 僕も、陸の爪や牙に皮膚を引き裂かれ、その場に倒れた。


 だけど、いつまでも転がってるわけにはいかない。

 ヤツを行動不能にしなければ。

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