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【16】吠える狼、打ち伏す神 1

『ゴスッ!』

 鈍い音と共に、激しい痛み。


 少しして、ぬるーっとした感触が頬を這う。

 ぺろりと舐め取ると、案の定、血だ。


 そして僕の足下にごろりと転がるのは、人の拳くらいの大きさの石。

 今は暗くて見えないが、調べればルミノール反応くらい出るだろう。


「ッてえな……」


 石は結構な早さで飛んできた。

 普通の人間なら、多少は頭蓋骨が陥没してたに違いない。

 痛い、で済むのは僕くらいなもんだ。


 伊緒里ちゃんにお休みを言って、基地までの道を歩いていると、誰かが僕に石をいくつも投げて来る。

 かすったり外れたりしながら精度を増し、そして頭にクリーンヒットだ。


 犯人の見当はもう付いている。


「陸くんでしょ。いーかげんにしてくんないかな。

 もうやめようよ。気持ちは分かるけど、お姉ちゃんだって喜ばないよ」


 視界の外にいる陸に呼びかける。

 そこらへんの木の上からでも投げてんのだろう。


「ふざけんな! 寝取ったヤツが何言ったって説得力あるわけないだろうが!」


 そう叫ぶと、また石を投げてきた。今度は肩に当たった。

 拳くらいの大きさがあるから、マジでけっこう痛い。


 彼が怒り心頭なのは分かる。

 だが最初っからコソコソ隠れて嫌がらせをしてくるなんて、卑怯じゃないか。


「イテテ……、ハッキリ言うけどさ、君はフラれたんだ。身内だとか違うとか関係なく、君は伊緒里ちゃんの恋愛対象じゃないんだ。

 君のせいで伊緒里ちゃん、結構怖い思いやイヤな思いしてきたんだぞ。ぶっちゃけ病む一歩手前だったんだ。お姉ちゃんを病気にしてどうすんだよ。小学生じゃあるまいし、いい加減気付こうよ?」


「後からのこのこやってきて、今日は今日で姉ちゃんとヤりやがって、マジブッ殺す。姉貴の膜は俺がブチ抜いて女にしてやる予定だったのに! 超殺す! 今殺す!」


 つまり彼は、僕が彼女を抱いて帰ってきたところや、彼女が不自然な歩き方をする所までしっかり見ていたってことだ。

 僕が一人になるまで待ってるなんて、チキンなやつだ。


「そーいうとこなんだぞ、陸くん。伊緒里ちゃんがどんだけ身の危険を感じて怯えていたか、お前にその気持ちが分かるか? お前、伊緒里ちゃんが好きなんじゃなくて、所有物にしたいだけだろ!」

「ふ、ふざけんな! 俺は伊緒里を愛してんに決まってんだろ! 殺す!」


 また一つ、石が飛んでくる。

 今度は足下に着弾し、どこかに跳ねていった。


「ウソつくな。お前全然伊緒里ちゃんのこと考えてないもんな! 彼女の前で、面と向かって僕のことも非難出来ない卑怯者。あーもーお前に同情すんのバカらしくなってきた。もーやめやめ。お前、ボコボコにしてやるからかかってきな!」


 僕は腰から、最小サイズにした武神器を引き抜いた。

 パチパチと柄のスイッチを入れ、『双剣・危機と羅良』に変化させる。


 やはりチョイスはこれ一択だ。

 相手は手数が多くて機動力の高い人狼、障害物の多い街中では僕が不利だ。

 せめてこのくらいのハンデは認めてもらわないと。


 警戒しながら周囲をチラと見ると、少し先に基地のフェンスが視界に入った。

 中におびき寄せれば周囲にも迷惑がかからないかも。


 そう思ったとき、ふとミントのさわやかな香りが漂ってきた――


「だれが同情してくれなんて言った! 貴様の喉笛噛み千切ってやる!」


 次の瞬間、目の前にずらりと並んだ鋭い牙が現れた。

 ふっと身を引くと、ガチッと顎が閉じる。


「うわッ! ホントに噛みつきやがった」


 僕は咄嗟に二、三歩バックステップで距離を取った。

 背中にイヤな汗が流れる。


 僕の眼前で、オレンジ色の街灯に浮かんだその姿は、人であって人でない。


 精悍な体躯に犬科動物の頭部、そしてふさふさした尻尾。

 人狼化した陸が、鬼の形相、いや猛獣の形相で僕を睨んで立っていた。


「逃げんな! 大人しく噛まれろ! 南方威!」


 見た目は強そうだが、おつむは高校生のまま。

 どうにも緊張感が維持しにくい相手だ。


 ミント臭の犯人もおそらくコイツだ。

 きっとメントスでも食ってたんだろう。

 狼の口では発音しづらいのか、元の声とは違って聞こえる。


「やなこった! 逆恨みで食われる義理はねえ!

 ギャン泣きすっまでボコボコにしてやんぞ!」


 僕は啖呵を切って、双剣を構えた。

 すこしづつ後ろに下がって、陸との距離をさらに取った。


「伊緒里は俺のもんだ! 貴様を殺して取り返す!」

「殺したってムリだってのが、どうしてわかんないんだこの犬頭!!」

「犬頭言うなああああああ!!」


 激高した陸が突進してきた。


 僕もダッシュを始める。


 陸の手が僕に届きそうになった瞬間――、僕はヤツの足下にスライディングした。


「!?」


 陸が僕を見失った直後、僕はすぐさま起き上がり、基地のフェンスめがけて突っ走った。


 あと三歩、二歩、一歩――


「でやあッ!!」


 僕はフェンスの前で思いっきり踏み切って、三メートルもの高さを一気に飛び越えた。


「ガアアアアアアアァァァ――ッ」


 狼の咆哮が闇夜を裂き、僕の背中を掻きむしる。


 一気に基地のフェンスを跳び越えた僕は、砂混じりの路面に足を取られ、着地でバランスを崩した。


「クソッ」


 毒づきながら僕は、伊緒里ちゃんからもらった腕時計をかばって、ゴロゴロと地面を転がった。

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