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【9】新しいカノジョ 1

 僕は宿舎を出ると、レーションのクラッカーをかじりながらゲートに向かって歩いていった。


 どんよりとした気分で基地のゲートを出ようとすると、警備の中野さん(三十三・彼女いない歴=年齢)がニヤニヤしながら、

「威様も隅に置けませんねぇ。カノジョさんがお待ちですよ」

 と、親指を立てて外を指すんだ。


「はぁ?」

 僕がゲートの向こうを見ると、伊緒里ちゃんがにこやかに小さく手を振ってくる。


(うっそ! 迎えに来てくれるなんて!)


 幸いみなもは多分まだ部屋にいるから、朝っぱらから基地の真ん前で修羅場を展開なんて大恥をかかずに済んだわけだが……。

 初恋の女の子に家まで迎えに来てもらうなんて(家?)胸熱だけど、無用の混乱を避けるために、明日からは僕がを迎えに行くことにしよう。


「おはよう、威くん。……あの、迷惑、だった?」

 伊緒里ちゃんのそばに駆け寄ると、彼女はちょっと不安そうに話しかけてきた。


「ううん、そんなことないよ。でも、警備の人が気を遣うから、明日から僕が迎えに行くよ。いい?」

「うん、ごめんなさい」


 僕はさらに、彼、彼女いない歴=年齢だから、と付け加えておいた。

 伊緒里ちゃんはチラっと中野さんの方を振り返ると、気の毒そうな顔でそうね、と言ってポケットから生徒手帳を取り出し、何やら書き込んでいる様子だ。


「何書いてるの?」

「彼氏が出来たらしたい事リストにチェック入れてるの。

 今日は、『朝、彼の家に迎えに行く』がクリアできたから」

 と、嬉々として言う伊緒里ちゃん。


「へー……」

 僕は後学のため、伊緒里ちゃんの手帳を覗き込んだ。


 ……すげぇたくさん項目があるぞ。綺麗な字でびっしり書き込まれていた。


 僕はその中でひときわ目立つ、赤い文字に蛍光ピンクでがっつり囲ってある項目を見つけた。



 ――見晴らしのいい素敵なホテルで、彼にバージ……



「キャ――ッ! 見ちゃだめぇ!」



 バッチ――――ン!!



 僕はいきなり伊緒里ちゃんにスクールバッグで横っ面を張り飛ばされた。

 そして、その場で華麗に三回転半スピンをし、失速したのち地面に叩きつけられた。

 みなもに負けず劣らず男の扱いが荒っぽい。


「いててて……、ひどいよぉ伊緒里ちゃん」

「か、かかか、勝手に見る人がいけないんですっ!」

 口を尖らせて怒る伊緒里ちゃん。

 顔が真っ赤だ。


「……で、み、見ちゃった……の?」

「えっと……蛍光ピンクのラインがひ――」

「あ――――――――っ、わ、わわわ忘れてっ!」


 両手のひらをブンブン振って、必死に否定している。

 何でだよ。僕じゃヤなの?

 なんかプチ傷ついたぞ。


「え~? でも、それ伊緒里ちゃんの希望なんでしょ? ねえねえ」

「っ~~~~~、た、威くんなんかしらないっ」


 プイっとむくれた伊緒里ちゃんは、早足で学校へと歩き出した。

 僕は慌てて荷物を拾うと伊緒里ちゃんの後を追った。


 これってセクハラですか? みなもなら多分喜ぶのに。




「だから~、ごめんってばぁ」

 基地を出て、かれこれ五分ほど伊緒里ちゃんに謝り続けている僕だった。

 なんせお互い遭ったばかりだから、何をどうすればいいのか分からない。

 伊緒里ちゃんは急に不敵な笑みを浮かべて、


「じゃ、腕組んで学校行ったら許してあげる」

「まさかと思うけど、それもあの……例のリストに?」

「もちろんよ」


 あー、やっぱりそうですか。やっぱりね。

 僕は日々そのリストのチェックを増やすべく、努力を強いられる運命なのか……。

 それはそれで、何が出てくるのか楽しみだけどさ。


 ……でも、どうしても叶えてあげられないお願いが、あの中にあった。

 それは、『ネコミミランドでデートしたい』って項目だ。


 来場者にネコ耳の装着を義務付けている有名なテーマパーク、ネコミミランドは、ここから遠く離れた首都圏にある。

 島から出られない僕では、伊緒里ちゃんを連れていってあげられない。


 こんな事で、自分が籠の鳥だってことを自覚するなんてな……。

 何が『何不自由ない生活を保証する』だよ。もうとっくに不自由だってんだ。

 保証するんなら、ここにネコミミランドを造ってみやがれってんだ、クソッタレ!


 というわけで、僕は伊緒里ちゃんのご要望にお応えして、腕組み状態で歩いている。

 校門に近づくにつれ、周囲の視線が刺さる刺さる、とにかく痛い。

 体中からイヤな汗は出るし、顔は引きつるし、これって何の罰ゲームでしょうか。


 なるべく周囲を見ないように俯いて歩いていると、校門のとこにいた日直の先生が


「おはようございます威様、ほほー、八坂がお気に召しましたか?

 どうぞ末永く寵愛してやって下さい」


 なんて時代錯誤な事を言うから尚更目立つし、こんな調子だと、教室まで無事に到着出来るか自信ないよ僕。


 ああ……そろそろヤバい。


 目立ちたくない。


 目立ちたくない。


 消えたい消えたい消えたい。


 息が苦しい。


 どうしよう。


 でも、これは愛する伊緒里ちゃんのお願いなんだ。


 ……ぐ、ぐぐ……。

 校舎まで、あともうちょっと………………


 周囲の視線ビームの集中砲火に耐えきって満身創痍で昇降口まで到着した僕は、何度も何度も深呼吸をした。


 愛に障害は付きものだよな。

 今日はとにかくここまで頑張れたんだ。

 えらいぞ威。

 ナデナデしてやる。

 もっと酸素吸えよ。

 スースーハー、スースーハー。


「どうしたの? 威くん。お腹に赤ちゃんでもいるの?」

 小首を傾げる伊緒里ちゃん。いちいちツッコミが素っ頓狂だ。


「いや、ちょっと、周囲の視線が痛くて……息くるしくなっちゃったもんで……」

 そう言うと、伊緒里ちゃんはハッとした。

「ごめん、うっかりして……。具合、悪くなっちゃった?」


 やっぱ弟くんたちの言うとおり、伊緒里お姉ちゃんは初カレゲットで相当浮かれているみたいだ。


「だ、大丈夫。このくらいでぐったりしてたら、伊緒里ちゃんとデートも出来ないだろ。どうせ島にいたらイヤでも注目されるんだから、徐々に慣れないと。ね? アハハ……」


 こんなふうに病気を克服したいと思ったのは、初めてかもしれない。

 普段僕は当たり前のようにみなもの陰に隠れて、守ってもらっていた。

 でも、伊緒里ちゃんにまでそんなことをさせたくない……。


 今なら僕、変われるかもしれない。

 ――って、不良みたいだな。


「でも……。やっぱり迷惑……かな。私と付き合うのって」

 うつむく伊緒里ちゃん。


「迷惑じゃない! 絶対、そんなことないから! 大丈夫、すぐ慣れるから!」


 半信半疑でうなづく伊緒里ちゃん。


 ごめんなさい、全然大丈夫じゃないっす。

 でもこれでも一応タマはついてる。

 伊緒里、お前のためならやせ我慢でも何でもしてやるさ!

 だからそんな顔すんなよ。


「わかったわ。じゃ、教室いきましょう?」

「うん!」

 僕は全力の笑顔でうなづいた。


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