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【8】擦り切れた僕と本当のみなも

 武神器の訓練後は、メシも食わずに一目散にカメクラに行った。食事なら向こうででも出来るから。それよりも、一秒でも早く伊緒里ちゃんに会いたかった。


 店に入ると、店長が僕のことを一瞥するけど、すぐに携帯ゲーム機の画面に視線を落とす。やっぱり嫌われてるのかな。師匠ではあるものの、正直気分が悪い。


 いつもどおり一階にいつもたむろしてる八坂家の次男と三男が、僕を見つけるなり駆け寄ってきた。


「や、こんにちは」

「「おつかれさま! 威さま!」」

「ありがと、空くん海くん」

「威さま! あの! 姉ちゃんの彼氏になってくれたってホントですか?」


 次男の空くんが開口一番尋ねてきた。もうお姉さんから事情はきいているようだ。


「うん、まあ。そういうことに。だから、あの件は安心して」

「やったあ! じゃー、威さまがお兄ちゃんになるの?」と末っ子の海くん。

「さ、さあー……どうかなあ? 途中で僕の方がフラれちゃうかもしれないし」


 なんとも情けない応対をしている自分がイヤだ。

 彼女のナイトになると決心したのに、もうグダグダになっている。

 原因は多分……


「あの、お姉ちゃん、すごい浮かれててちょっと心配です。さっきも、威さまとカレカノになったんだって、すっごく嬉しそうに言ってました」

「なんかすごかったよね、お兄ちゃん」

「ありゃー……」


 そんなにハイになってたのか。まったく、二人を不安にさせて、しょうがないお姉ちゃんだな。


「じゃあ、僕は上に行くから。またね」

「「はーい」」


 僕が伊緒里ちゃんのいる三階に行くのにエレベーターを待っていると、さっきまでゲームで遊んでいた店長が、ビーサンをペタペタ鳴らして近寄ってきた。


「よう、南方弟。お前、伊緒里と付き合うんだって?」


 黄色いカメハメハクラブのエプロンのポケットに両手を突っ込んで、僕をはすに見る。口ぶりは軽いけど、目が笑っていない。


「あんたには、僕が誰と付き合おうと関係ないでしょ」

「かもな。でも、そうじゃないかも、しれないね」

「言いたいことがあんなら、はっきり言ったらどうなんですか。神崎閣下」


 店長は、軽く鼻を鳴らした。


「分かってんなら、俺が言うことはないよ。南方弟」


 彼は言いたいことだけ言うと、踵を返してさっさとカウンターの奥へと消えていった。


「……いい大人が」


 僕はボタンを押して、すでに降りてきていたエレベーターのドアを開いた。


     ◇


「こんばんは、伊緒里ちゃん」


 バイト中の彼女をカウンターの中に見つけ、声をかけた。

 同僚の淳吾さんにも軽く会釈をする。


「ありがとう、威くん」

「いいって。それより腹減っちゃった。タコライス大盛ください」

「はーい、タコライス大盛一丁」

「タコ大ワン、了解」


 即座にオーダーを確認する淳吾さん。

 この店のフード類はほとんど淳吾さんが作っている。


 軍でのウワサによると彼は以前、皇都の大きいレストランで働いてたとか、海軍の船の調理スタッフだったとか、いろいろ言われてるけど、実のところはよくわからない。というのも、寡黙な人だから、あまり自分のことを語りたがらないからだって。

 まあ、料理が旨ければそれでいいじゃんね?


 結局この日は、伊緒里ちゃんや淳吾さんと横須賀グルメについてのおしゃべりをして過ごした。



  ◇◇◇



 翌朝、僕はみなもを起こさないように支度をして部屋を出た。


 少なくとも、朝一番のみなもはマトモだ。

 マトモだから、余計につらくて顔を合わせたくない。

 だって、午後になったら別人になるのが分かっているから。



 この島に来てから、みなもは変わった。

 あこがれの戦巫女になれた、とあれほど喜んでいたみなもが。


 あの神社に行ってからだ。

 奥のほこらに吸い寄せられてから、みなもはとても変わってしまったんだ。


 明日香ちゃんも店長も、みなもが瑞希姫とうり二つだと言う。

 配偶者までがそう言うんだから、間違いないんだろう。


 でも、瑞希姫は一世紀も前の人だ。ただの偶然だろう。

 そうに違いない。みなもはただの、僕の幼馴染みなんだから。


 たまたま似ていたから瑞希姫に吸い寄せられて。

 それで……何か変化を起こしてしまったのかもしれない。


 午後になると、みなもは『アレ』と入れ替わる。

『アレ』が何かは分からない。


 あの時『アレ』に入り込まれてしまったんだろうか。

 性格だけじゃない。体調もあまり良くないんだ。

 だから、ホントは心配なんだけど、でも僕はみなもから逃げている。


 卑怯だの何のとでも言うがいいさ。否定はしない。

 でも『アレ』が、みなもの本心なのかもしれない。

 そうも思うんだ。


 だって何年もの間、彼女は傷だらけになりながら、僕をかばい続けてきたんだ。

 こんなうだつの上がらない男のことを、きっと立派なイクサガミになると信じて。


 そのみなもの純粋な希望を、僕はぶっ壊してしまった。

 夢を壊すことを分かっていながら、出雲で転化しようとした。


 今まで何のために僕を護ってきたのか、ってキレられてしまっても、嫌われてしまっても、壊れてしまっても、しょうがない。


 ……やっぱ、みなもに黙って行こうとしたのがいけなかったんだ。


 そんな僕にバチが当たったのかもしれない。

 自分を護ってくれた人を裏切ろうとしたんだから。ごめん、みなも。




 これからは、伊緒里ちゃんを護っていくよ。

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