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【7】君だけの護り神 6

「おいやめろ、お姉さん痛がってるだろ!」

 僕は陸くんの手首を掴み背中側へと一気にひねり上げた。

 相手は人狼だ。容赦の必要はない。


「ぎゃッ!」

 人とも獣とも取れるような短い悲鳴を上げ、陸くんは身を捩った。

「放せ!何すんだよッ、余所モンが!」


「余所者で悪かったな」


 僕は暴れる陸くんの背中を蹴り飛ばし、店先の駐車場に転がした。

 陸くんは軽々と受け身を取って、すぐに立ち上がった。

 もちろんそこまで織込み済みだ。


 陸くんの鋭い視線が僕に刺さる。

 だから何だ。


 アイスを食っていた連中が、さすがにヤバいと思ったのか止めに入ってきた。

 威様に何してんだ、とか、相手考えろ、とか、そんなカンジのことを口々に言ってる。立場を利用したくはないけど、今はそれが有り難い。


「伊緒里ちゃんは、僕と帰るんだ。これからもずっとね」

 僕は、腕をさすっている伊緒里ちゃんの震える肩を抱いた。


 伊緒里ちゃんは小さく頷くと、ひとつ深呼吸をして言った。

「私はか、か、『彼氏』の威様と一緒に帰るの。お友達と遊んでていいのよ」


「彼氏、だと? 姉ちゃん、いま、そいつのこと、彼氏って言ったのか!?」


 文字通り食いつきそうな勢いで襲いかかろうとする陸くんを、男子生徒たちが数人がかりで羽交い締めにしている。

 彼は僕を射貫くような眼差しで睨み付けた。


「貴ッ様…………」


「そう、僕ら付き合ってるんだ。悪いけど、『ジャマしないで』くれるかな、陸くん」


 そう言って、僕はこれ見よがしに、伊緒里ちゃんをさらにぐっと抱き寄せた。

 僕だってこんなことしたくない。でも――


「ざけんなァァッ!」陸くんが吠える。


 陸くんがさっきっから喚き散らしているので、店の人まで外に出てきた。

 店員さんが僕の顔を見て一瞬固まったけど、こちらがインネンをつけられてると分かってか、黙って僕にうなずいた。


 ――そう。僕の敵は、八坂陸やさかりく

 伊緒里ちゃんを女性として愛する、人狼の少年だ。


 最早、コンビニ前は修羅場だった。

 陸くんの憎悪が激しくなればなるほど、僕の気持ちは昏く沈んでいく。

 僕たちは、陸くんの悲壮な罵声を背中に浴びながら、その場を後にした。

 そして彼の声がほとんど聞こえなくなったころ、僕は伊緒里ちゃんに聞こえないほどの声で呟いたんだ。



「陸くん……ごめんね。お姉ちゃんを奪って……」


     ◇


「何で、威くんの方がしょげてるの?」

「だって……」


 コンビニから八坂家に向かって歩いている途中のこと。

 ずっと黙っている僕に業を煮やした伊緒里ちゃんが声をかけてきた。言ってる当人は、さほど落ち込んでいる様子はなく、むしろ清々しい表情をしている。


 かたや僕はというと、せっかく初めて出来た彼女との帰り道なのにちっともウキウキ出来ないでいた。

 現状で陸くんに理はないけど、情で考えれば後から来て略奪した僕の方が悪い。

 どう考えたって、そりゃー普通しょげるでしょうよ。


「…………」


 答えを返せずに再び無言でいると、伊緒里ちゃんが僕の腕にぎゅっと抱きついた。

 少しムリして笑ってるように見えるのは、気のせいだろうか。

 付き合ってくれるって言ってたけど、過度に期待しない方がいいのかな。

 僕の方が伊緒里ちゃんのこと好きだから、気を遣って彼女らしく振る舞おうとしてるだけかもしれないんだから。


 最悪、僕のことそんなに好きじゃなくたっていい。

 伊緒里ちゃんを安心させてあげられるなら、僕は彼女の番犬にでも何でもなってやる。護りきって、伊緒里ちゃんの真の愛を手に入れてやる。

 それが今の僕のジャスティス。


 国護るのなんか三島さんに任せりゃいい。

 ふつーイクサガミのいる基地にぶっぱなしてくるバカなんかいない。

 昔オヤジにケンカ売って基地どころかその一帯がなくなって地図書き換えた所もあるんだから。

 その息子がいる島なのに、誰が手なんか出すかよ。


 そんなことより、今の僕の最大の敵は八坂陸。

 姉を寝取られた、人狼の少年だ。

 ヤツは必ず報復に来る。

 絶対来る。その矛先が僕なのか、それとも彼女なのか……。


「私ね、とっても嬉しかった。陸の前でハッキリ言ってくれて。

 ……って、ああスケープゴートみたいにしちゃって、ごめんなさい威くん、でもホントに……感謝してる」

「いいや、全然気にしてないし、むしろその方が安心出来るでしょう?」

「……うん。これで陸も踏ん切りがついてくれればいいんだけど……」


 気丈に振る舞ってるけど、伊緒里ちゃんは少し不安そうだ。一旦気は晴れたけど、別の憂いが生まれているのだから。


「伊緒里ちゃん、やっぱりおじさんに相談した方が……」


 いくら彼氏が出来たって、一つ屋根の下にいれば、何かあっても不思議じゃない。出来れば隔離したいところだ。


「だめよ! あの子、うちを追い出されたら本当にどこにも行くアテがないのよ……」

「海くんも空くんも同じことを言ってた。みんなの気持ち、陸くんは分かってるのかな」


 伊緒里ちゃんは立ち止まり、うつむいてしまった。


 そうなんだ。

 海くんと空くんの、そして伊緒里ちゃんの一番の懸念がこれなんだ。

 問題が大人に露見してしまったら、長男の居場所は失せてしまう。


 ――だから、内々で処理しようとしたんだ。

 大人ではないけど、陸くんより力も立場も強い僕を使って。


「分かった。ごめんね、伊緒里ちゃん。おじさんには言わない。

 僕は虫よけでも防波堤でも何でもいい。伊緒里ちゃんが安心出来るようになるなら、何でもするから。ね?」

「……うん。ありがとう」伊緒里ちゃんは、ちょっとだけ笑ってくれた。


 伊緒里ちゃんを家まで送った僕は、訓練の時間にかなり遅れてしまったので急いで帰ったんだ。

 ゲートまで歩いてくとすごく遠回りだから、思い切って基地までショートカットをすることにした。

 伊緒里ちゃんの家から直近の基地フェンスを乗り越え、滑走路をブッチし、格納庫の上を走り、燃料タンクの上をポンポン渡り歩いて一直線に自宅まで戻った。


 横須賀にいた頃なら、こんなバカなこと出来なかったけど、ここでなら、こーんなニンジャみたいな楽しいことが出来る。

 みなものことは残念だったけど、伊緒里ちゃんに出会えたし、僕がありのままでいられるこの島が、だんだん好きになってきた。


 でも、みなもの顔は、まともに見られなくなった。


 ……恋人ですら、なかったのに。

 恋人で、すら。

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