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【4】君だけの護り神 3

「何でだよ! 伊緒里ちゃんは僕の心の傷を癒やしてくれるって言った。だったら何で僕が伊緒里ちゃんを護ったらいけないんだ? そんなのおかしいだろ?」


 伊緒里ちゃんの表情が曇った。

 悲しそうな、でも諦めも入った表情だ。


「威くんはその……島のみんなの守り神……だから……私が独占したら……バチが当たってしまうから……お願いなんか……出来ないわ」


 島の人はみんな多かれ少なかれそう思ってるのか。

 だから、あんなに歓迎してたんだ。

 ホントは違う。ただのガキなのに。


「誰がバチ当てんのさ! 僕か? この僕か? 僕が伊緒里ちゃんに天罰なんか当てるわけないだろ? 伊緒里ちゃんは被害者なんだぞ! 何で護らせてくれないんだよ!」

 ついヒートアップした僕は、伊緒里ちゃんの両肩を掴んで揺すってしまった。


「そんなこと……無理だよ……だって威くんは……」

 伊緒里ちゃんが涙目になってきた。


「僕は僕だ、そう言ってくれたの、伊緒里ちゃんじゃないか! 先に僕を救ってくれたのは伊緒里ちゃんなんだぞ! 何で今更僕を神サマ扱いするんだ? おかしいよ!」


 伊緒里ちゃんは身動き出来ないまま、頭をブンブン左右に振っている。

「だって……だってえ……」

 とうとう涙がポロポロと零れ始めてきた。

 でも僕は伊緒里ちゃんがうんと言うまで、逃がすつもりなんかない。


「どうして君は、今まで誰にも『助けて』って言わなかったんだ!


 ――――――――――犯人をかばってる・・・・・からだろう!」


 伊緒里ちゃんが、はっと顔を上げた。

 目が泳ぎ、激しく動揺している。


「……ほっといて」かすれ声で言う彼女。「もう、私のことはほっといて!」


 僕を押し退けようと、両手をぎゅーぎゅー突っ張っている。

 だけど僕は肩を掴んだまま放さなかった。

 黙ってられない。これじゃ伊緒里ちゃんもあの子たちも可愛そうすぎる。


「やだ! 一人で抱え込んで苦しんでるのを見過ごせっていうのか! 伊緒里ちゃんは自分だけが犠牲になればそれで済むと思ってるの?

 海くんも空くんも、とても心配してるんだぞ! 彼等だって伊緒里ちゃんと同じ気持ちなんだ。

 誰も傷付けたくないから今まで誰にも相談出来なくて、困り果てて僕に相談したんだ! お姉ちゃんを助けてってな!」


 伊緒里ちゃんの動きがピタリと止り、


「う、………………うあぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ」


 顔を両手で覆って、泣きだした。

 その場に崩れ落ちそうになる彼女を、僕はそのままぎゅっと抱き締めた。


 いつもお姉さんで優等生で気丈な伊緒里ちゃんが、僕の胸で泣いている。

 あんまりにも悲しそうに泣くから、僕まで悲しくなってきて、とうとう釣られて泣いてしまった。


「伊緒里ちゃん……僕じゃ、ダメなのかよぉ。こんな出来損ないで軍のお荷物じゃ君を護る資格はないのかよ。

 僕はただ弟くんたちと同じように伊緒里ちゃんのことが心配で、心配で、ただ一番大事な人を護りたいだけなんだ。

 お願いだから、黙って僕に護らせてよ」


 僕は気付かなかった。伊緒里ちゃんを説得していたつもりが、告ってた・・・・って。


 僕までワンワン泣き出したせいか、伊緒里ちゃんは、いつのまにか啜り泣きぐらいまでに収まっていた。


 僕はすごく唐突に、みなものことを思い出した。


 みなもは基本どんなに辛く痛めつけられても泣かない子だったので、こういうシチュエーションになったことがない。

 先に僕が泣くからなのか、矜持だったのか、僕にはわからない。

 もしかしたら、みなもが泣かなくなったのは僕のせいかもしれない。


 ……あいつが泣いてたら、僕ら何か変わってたんだろうか。


 でも、もう立て直せそうにないや。

 そもそもあいつが拒んでる。

 朝だってきっとムリしてるんだ。

 だから、もう、いいんだ。

 僕はただ、罰だけ受ければ、それで。


「伊緒里ちゃん。僕は伊緒里ちゃん専用の守り神になる」

 そう言って、僕は伊緒里ちゃんをさらにぎゅっと抱き締めた。

 彼女でもないのに。


「うん……でも……いいの? イクサガミ様を私物化なんてしちゃって……」


 伊緒里ちゃんは僕の胸から顔を上げ、ひょっこり目だけ出して、そう言った。


「僕はこの島の鎮守として派遣されたわけじゃないから、プライベートは関係ないよ」

「そ……なの? ニライカナイの守り神さまじゃないの?」

「それって、島の鎮守である瑞希姫の仕事なんじゃない? 僕は軍の備品としてここに赴任して実質的に島の魔除けになってるけど、それはあくまで国防上の意味だけなんだよ」


 伊緒里ちゃんはなーんだ、とちょっと残念そう。


「……ってことは、威くんをホントに私物化してもいい、ってこと、よね?」

「うん。学校と訓練の時以外は、弟くんたちと一緒に護衛するからさ、安心して」

「…………それじゃあ威くん」


 真っ赤なおめめの伊緒里ちゃんが、僕をじっと見つめた。


「うん」

「私の騎士様、じゃなくって、王子様じゃじゃじゃじゃじゃ、じゃなくって」


 伊緒里ちゃんは必死に広げた手をブンブン振って否定した。

 目だけじゃなく顔まで真っ赤になった。


 キミって、案外乙女なんだね。

 確かに礼服を着た僕は、どこぞの王子様みたいだけど。


 あまりの恥ずかしさに伊緒里ちゃんは、真っ赤な顔でしばらくフリーズしていた。そして一分ほどして落ち着いた伊緒里ちゃんは、恐る恐る口を開いた。

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