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【14】カメクラの天使 2

「……だから?」


「こんな仕事を俺にさせてくれたお前に、感謝している。

 たとえお前がどんな危険な海に行こうとも、俺はどこまでもついていく。

 そして、この命尽きるまで、お前の盾となって護り抜いてやる。

 皇国のためじゃねえ。お前のために、だ」


 僕は絶句した。

 難波さんにここまで言わしめる程のものなのか、イクサガミって。

 僕にとってはただの家業だったし、拘束されるからヤメろって兄貴にも言われてきた。だから、そんなご大層なもんだという実感が本当になかったんだ。


 女医の先生が言ってたとおり、確かに日本に住む全ての人外の人権と引き替えに、僕らの任務はある。

 でも……別に今さら皇国にちょっかいを出す国なんてない。

 手を出した挙げ句ウチの親父にひどい返り討ちに遭って、周辺諸国は懲りている。


 僕一人いなくたって大丈夫だろって、正直思ってた。

 僕は、この人に命を賭けてもらえるような男なのか。


 ――そんなわけない。


 でも、難波さんが本気なのは見て分かる。


 すごく嬉しかった。

 僕のことを近くで見守り続けてくれた人が、みなもの他にもいた。

 そしてこれからもずっと見守ってくれる。

 その事実がすごく嬉しくて、それだけで僕は、この島で、軍でやっていけそうな気がした。


 いつしか啜り泣いていた僕の頭を、難波さんはぞんざいにがしがしと撫で付けた。


「あー、もう一つ大事なことを言っておく。絶対忘れるなよ」

「ぐすっ……なん、ですぅ?」

 ベソをかきながら僕は聞き返した。


 難波さんはカウンターに片肘を突いて体を預けると、半身をこちらに向けてよじった。


「俺は公僕である以上、上からの命令には逆らえない。だから、いつかお前は、俺に裏切られることがあるかもしれん」


 あ…………。そうか。


「軍人だから仕方ない、ですよね……」


 命令だから仕方ない、任務だから仕方ない、子供の頃からそんなことばかり言われて、僕は大人の都合に振り回され続けてきた。

 仕方ない、は僕が一番嫌いな言葉だ。


 僕が物心ついた頃に兄夫婦と暮らすようになったのだって、両親が遠い北方の基地への赴任が決まったからだ。

 はじめのうちは、僕を連れていってくれなかった両親をひどく恨んでいた。

 でも、仕方ない、仕方ない、って思うようになり、親のこと自体を考えないようにした。ゲームにのめり込むようになったのだって、いろんなことを忘れさせてくれるからだったんだ。


 ――そして僕は、いつの間にか、何でもすぐ諦める子供になっていた。


 手元のアイスティーのグラスが、カラリと鳴った。

 せっかく伊緒里ちゃんが入れてくれた紅茶だけど、いまは溶けた氷で薄くなるに任せている。


「だが、心配はいらん。俺すらも頼れなくなった時にはな、威」

 と急に力強く言う難波さん。


「は、はいっ!」


 そして今度は、急にトーンを落として難波さんは言った。


「迷わず、神崎閣下を頼れ」

「店長……ですか?」


 ああ、と難波さんは言った。

 明日華ちゃんにボッコボコにdisられてた、あの店長?

 婚約者を暗殺されて、ショックで百年もこの島に引きこもっているダメ男を?


「この島で一番立場が自由なのは、階下にいる閣下だ。

 この島の主であり、軍とも、出雲政府ともしがらみがない。

 国とて閣下に手を出せばタダでは済まないことを重々承知している。

 ――彼はお前等軍神達の最後の切り札だ」


 出雲政府は、日本の人外を管理する機関だ。

 政府、と言ってはいるものの、日本政府の入れ子状態だから実質的な権限はほとんどない。人間で言えば、外国の大使館とか、在留国民の互助組織のようなものだ。

 出雲が自治体のような機関となったのだって、神崎元帥の功績あってこそだった。


 でも、あの人が出雲とも無関係なのが何故なのか、僕にも分からない。

 そもそも出雲と無関係な人外なんて、皇室がらみの天津神くらいなもの……と兄貴から聞かされている。


「あんな、だらしないおっさんが? 切り札?」

「そうだ。だらしなくても、だ。いいか、忘れるなよ、威。絶対にな」

「はい」僕は大きくうなづいた。


 難波さんがこんなに必死に言うんだから、きっとマジで切り札なんだろう。

 たしかに、あんなgdgdぐだぐだなおっさんでも、皇国の救世主には間違いない。

 だって誰の目からも敗戦間違いない、という事態をひっくり返したんだ。

 あのおっさんがいなければ、とっくにこの国はどっかの植民地になり、全てが消滅していたのだから。




 僕は、すっかり薄くなってしまったアイスティーを飲み干すと、席に伊緒里ちゃんを呼んだ。

 僕は難しい話をいっぱい聞いたせいで、ちょこっと脳味噌に糖分が欲しいな~、って気分だった。普段あまり脳使ってないからな。


「こないだ食べたトロピカルフルーツのパフェ、お願いします」

「はあい、ありがとうございます」


 伊緒里ちゃんはカウンターの上の伝票を手に取ると、追加注文を書き込んだ。

 難波さんも便乗でパフェを注文したので、伊緒里ちゃんは早速、二人分のパフェを造り始めた。


 グラスを用意し、かさ増しのコーンフレーク(ってあんまいらないよね)の入った袋、トッピング用のチョコレートの入ったタッパーをまな板の脇に置き、冷蔵庫から果物とホイップした生クリームを取り出した。

 そして伊緒里ちゃんは、小さな包丁 (多分ペティナイフってやつ)でさくさくと手際よく果物の皮をむいて化粧切りをしていく。


 僕はそうやってパフェが出来上がる一部始終を、カウンターに両手で頬杖をつきながらじっと眺めていた。

 女の子が料理 (?)をしている様ってのは、実に見ていて楽しいっていうか、和むっていうか、とにかく何かいいもんだ。


 作業中伊緒里ちゃんがチラチラと、視線を手元から僕の方へと時折投げてくるんだけど、何か意味あんのかなあ。


 あ、また目が合った。

 伊緒里ちゃん、ちょっと見すぎ。

 刃物使ってるんだから、余所見は危ないよ?


 で、完成したパフェを男二人で食べていると、難波さんがまた辛気くさい顔で話し始めた。


「……にしても、南方中佐は一体どういうつもりなんだろうなあ……」

「兄貴……(モグモグ)のつもり?」

 そんなの、しらんがな。もぐもぐ。


「いやな、さっきまた目撃情報が入ったんだよ。――シンガポールで」

「はあぁぁ? なんでそんな遠くに移動してんですか!」

 僕は思わず椅子から立ち上がった。


「移動っつーより、これは『逃げてる』……だな」

「あんのクッソ兄貴め」


 僕は怒りのあまり、パフェのスプーンを握りつぶすところだった。

 危ない危ない。


 軍諜報部からの情報によると、兄貴たちは漁船や貨物船をヒッチハイクしながら、西へ西へと移動してるらしい。

 ったく、天竺でも目指してんのかよ。いや既に通過してるな。


「琢磨さん、武神器も嫁さんも一緒だから、その気になればどこかの小国ぐらい簡単に手に入れられるぞ。

 ただのバカンス気分で遊んでくれているうちは、まだいいんだが」


「よかないでしょ! 僕ぁどうなるんすか! もー冗談じゃないですよぉ」


「お前は高校生らしく、気楽にしてていいんだぞ。

 しかし琢磨さんの方は、国外をフラフラしているなんてことが他国に知れてみろ。

 いきなり南方琢磨争奪戦が勃発すんぞ」


 ええええ………………なんだよそれ。今すぐ絶縁したい。


「……もーヤダ。穴があったら入りたい」

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