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【13】カメクラの天使 1

 メシの後、難波さんがいい所に連れてってやるっていうんでついていったら、到着した場所は、みんな大好き『カメハメハクラブ』だった。

 確かにいい所、だけどさあ。

 店に入ると、一階の休憩所には子供が数人、携帯ゲームを持ち寄って遊んでいる。難波さんと僕はその子たちのわきを通り抜け、真っ直ぐエレベーターに乗った。


「おー……」

 ピンポーン、という音と共に三階に到着し、ドアが開くと、そこは別世界だった。


 一階はゲームやコミック売り場で二階がレンタルDVDとセルDVD。

 でもって、ここ三階は、漫画喫茶とカフェがあるんだ。つっても、僕は来るの初めてなんだけど。

 コンビニ並みにキンキンに照明を点けた一階とは違って、ここは若干薄暗くて絨毯も敷いてあって、なんというか……アダルティな雰囲気。


「難波さん、マンガ読むの? いつもPXで立ち読みしてるのに」

 主にエロ本をね。


「ちげーよ威、そこのカウンターに用がある」


 と言って、洋画に出てくるみたいなバーカウンターを指さした。

 見ると若いバーテンさんと、ウェイトレスさんがいる。


 ――――あ、あのウェイトレスさんはッ!


「フフ、ちーとばかり、元気になってきたかな?」ニヤリとする難波さん。


 ――まさか、もうバレてるのか?

 まったく、これだからお庭番は油断もスキもない。


「べ、べつに、元気になったりとかしてないしっ」

 ツンデレじゃないぞ。


 難波さんが小声で

「お嬢には黙っといてやるから、うまいことやれよ」

 と僕に耳打ちして、カウンター席に座った。

 もちろん件のウェイトレスさんのそばの席だ。

 僕も難波さんに続いて隣の席に座ると、ウェイトレスさんがお冷を持ってやってきた。


「いらっしゃいませ。……って、なんだ難波さんか。あ、南方くんも一緒なのね。

 軍服着てるから分からなかったわ。いらっしゃい」


 と、にこやかに話しかけてきたのは、ポニーテールの八坂の伊緒里お姉さんだった。最初に会ったときも、この姿だったんだよな。

 これはこれで……。うふふふ。


「なんだーはないだろ、いおりん」

「こ、こ、こんばんはっ」

 仕事中の伊緒里お姉さんが相手だと、なんか緊張する。


「なに緊張してんだよ。ヘンなヤツだな」

 難波さんは、ガハハと笑いながら僕の背中をバンバン叩いた。


「痛いっつーの。ったく乱暴な人だなあ」

「ちょっと、いおりんとか勝手に呼ばないでくださいよ。難波さん」

「んだよ、いいじゃねえかよー」


 それまんまホステスに絡んでる酔っ払いだよ難波さん。


「あ、南方くんならいいわよ」

「え、あ、それはちょっと……格ゲーキャラみたいだから、……伊緒里ちゃん、て呼んでもいい?」


 うわ、……こんなこと言って、ちょっといきなりすぎだろうか。


「う、うん。南方くんがそう呼びたいんなら……いいわよ」

 と、伊緒里ちゃんは少し恥ずかしそうに言った。


 店内が暗いのではっきりしないけど少し顔が赤くなってる気がする。

 まさか、伊緒里ちゃんが僕に気がある……なんて、あるわけないよな。



 程なくして、伊緒里ちゃんが注文の品を持ってくると、「ごゆっくり」と言ってカウンターの奥の方へと去っていった。僕はそれを見送りながら、アイスティーをすすった。


 難波さんはジンジャーエールを一口飲むと、やおら深刻そうな口調で、

「実はな、お前に告白したいことがある」と言った。


 ……え? ええ? えええ?


「ぼ、僕、そういう趣味ないですよ! かかか、カンベンして下さい」

 と言って後ずさる僕の肩を両手でガッシと掴むと、難波さんは、ちげーよ、と呟いた。


「じゃ何なんですか」

 急に深刻になった難波さんに戸惑いながら僕はおずおずと訊ねた。


 難波さんは難しい顔で、冷えた琥珀色の液体をもう一口含むと、静かに語り始めた。


「俺はお前の味方だ。お前がこーんなに小さいときからずっと見てたんだ。可愛くねぇわけねーだろ?」


 難波さんは配達をしてたときの人懐っこい笑顔で、子供の身の丈を示すような仕草をして、それから僕の頭をぐしゃぐしゃ、と撫でた。


「だろ? って言われても……。でも、まあ、そう……ですよね」


 思い起こせば彼は、公園で遊んでいたときにアイスを奢ってくれたり、雨の日には僕とみなもを配達の車に乗せて、学校から家まで送ってくれたこともあった。


 他愛のない事ばかりだけど、難波さんとの思い出だって数だけならたくさんある。

 可愛くねぇわけねーだろ? という難波さんの言葉には、ウソがあるとは思えなかった。


「この命、お前のために捨てる覚悟は出来ている。横須賀に出向いた十年前にな」


「――ッ」僕は息を飲んだ。「……任務、だからですよね」


 難波さんはフッと笑った。


「そうだ。任務だからだ。大人にゃぁな、それぞれ立場ってもんがある。

 その立場における制約の中でベストを尽くす。そして、それを日々淡々とこなしていく。それが、真っ当な大人だ。

 俺は死んだお袋に、そんな大人になれと教えられた」


「真っ当な大人、か……」


 僕の周りはダメな大人ばっかりだ。

 親父は放任、兄貴はいい加減。店長はちゃらんぽらん。

 みなもんちのおじさんとおばさんは、趣味がちょっとアレな普通の人だけど。


「今の俺がどれだけソコに近づけたかわからねぇが、俺は真っ当な大人として、軍神の盾として、誇りあるこの任務を果たすつもりだ。

 威、この任務はな、タダのガキのお守りじゃねえんだ。選ばれた者にしか出来ねぇ、身に余る程の名誉ある仕事なんだ。だからよ、」


 そこまでしゃべると、難波さんは少し薄くなったジンジャーエールを空け、そのまま氷も全部口の中にガラガラと流し込むと、ボリボリと噛み砕いて飲み下した。


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