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【12】イクサガミ、訓練生になる 5

「でやあぁぁぁぁッ!」


 ――ガスッッ!!


「んぎゃーッ!」


 僕の庶民ソードが宙を舞った。


 結果から言うと、ドラム缶には傷一つつかなかった。

 僕は、ちゃんとグリップを握りもせず、気楽に振りかぶってコンクリートの塊を殴ったんだ。


 正直思いっきりナメてた。

 だから衝撃で手を痛めて、剣も吹っ飛ばしたってワケ。


「ぁいっててて……」

「……ダサ」背後から、ぽつりとみなもの声。

「初心者つかまえて、そりゃないだろ?」


 さっきまでの応援ムードは、一瞬で空の彼方へ飛んでいってしまったらしい。

 僕は痛む手を庇い、左手で剣を拾った。

 そして、今度はちゃんと柄を握り、剣を鈍器としてドラム缶を思いっきり叩いてみた。


 ――ガスッッ!!


 …………斬るもんじゃなかったよ、ドラム缶。


 マジ硬いよ。


 ナメてた。


 今度はなんとか五㎝ほど、コンクリの塊に刃がめり込んだ。

 でもやっぱり手が痛い。


 様子を見ていた難波さんが走って来て「おう、これ使えよ」と、軍手を貸してくれた。

 ふと振り返ると、みなもがすごいシュールな目で僕を見ていたんだ。

 侮蔑の眼差しってやつ? なんであたしこんなとこにいるんだろ、みたいな。


 あは、なんて無理して笑ってみせたけど、みなもはもう僕の方なんか見てなくって、無言でケーキを食っていた。


 僕はそのあと、日が沈むまでずっとドラム缶を叩いてたけど、気付いたらみなもはいなくなっていた。薄情なやつめ。


 今日の成果はドラム缶を力任せに叩いた結果、二分の一本を破壊するに留まった。

 軍手をしてはいたけど、手はマメだらけでつぶれて痛いし、弾け飛んだコンクリートや金属片で顔や腕に傷が出来る。


 いくら人間よか早く治るったって痛いもんは痛いんだ。

 どうしたら店長みたいに、物に触れずに破壊出来るのか。


 聞いても店長は教えてくれないし、逆にどうして僕には出来ないのかって聞いても、やっぱり教えてくれない。

 今教えても意味ないし、上達とは無関係だからって店長は言うんだけどさ、んなこたぁねえだろうが。


 めんどくさいから教えたくないだけなんじゃないのか?


 なんかいっぺんに色んなイライラがやってきて、僕のささやかな脳味噌が発狂しかかって、疲れて息を切らしてかがんでいると、


「威、もうそのへんにしとこうや」


 僕が壊したコンクリのガレキをスコップでネコ車に放り込んでいた難波さんが、声をかけてきた。

 こういう『ねぎらう』役って、本来は相棒のみなもの役目なんじゃないのかな? どうして僕をガッカリさせる方向にいっちゃうの?


 ――ガッカリ……?


「そうか!」僕は思わず叫んだ。

 難波さんがビックリして「なんだ?」と聞いた。


「みなもは僕にガッカリしたんですよ! そうだ、そうですよ。

 あいつは兄貴、いや瑞希姫の伴侶である、店長みたいに強くてカッコイイ本物のイクサガミが欲しかったんだ!」


「ああ……。確かに一利あるな。小さい頃は、やたら琢磨さんに懐いていたしなあ」


と難波さんが腕組みをして言ったとき、頭上すれすれを輸送機がかすめていった。


 ……なんだ。悪いのは、僕だったのか。


 アイツをガッカリさせた、僕が戦犯だったんだ。

 やっぱり、僕はイクサガミなんかになっちゃいけなかったんだ。

 アイツをガッカリさせないために。


 そっか。


 ……そうだったんだ。



   ☆ ☆ ☆



 晩飯を食いに難波さんと揃って食堂にいくと、丁度みなもが出てくるところだった。あいつ、僕を無視して通り過ぎようとしやがるから呼び止めた。


「黙って先行っちゃうなんてヒドイじゃんか」

「……ごめん」

 バツが悪そうに言うみなも。


「あのままあそこにいたってお前に用事がないのは分かってるけど、無言で帰るのはちょっとヒドくね?」

 僕は腕組みをして、みなもをにらみつけた。


「……ごめん。ちょっと気分悪かったから……」

 顔をそむけるみなも。


「ああ、悪いだろうよ。僕が落ちこぼれで超期待外れでなッ」


 僕がそう吐き捨てるように言うと、難波さんが割って入ってこう言った。


「そうじゃねぇだろう。暑さと貧血で、体調が悪かったって意味だ。お嬢の顔色を見ろ」

 みなもがセーラー帽を胸に抱きながら、悲しそうな顔でうつむいた。


「あ……。すまん。そういえば、貧血だったなお前」


 みなもはうなだれたまま、小さく頷いた。


 基地の人たちが気を遣ってか、見ないフリして無言で通り過ぎていく。

 そのまま、しばらく沈黙が続いた。


 それを先に壊したのは僕の方だった。


「気分悪かったんなら仕方ないけど……なんで今、僕を無視しようとしたんだよ」


「だって……すごい怖い顔してたから、威」


「こっちだって色々あんだよ。暑いし疲れたし全然上手くいかないし、お前先帰っちゃうし、それから……すげえ失望させちゃったと思って……、とにかく色々だよ」


 大声を上げそうになるのを必死に抑えながら、僕は気持ちを伝えた。


「ごめんね……ホント調子悪いの」


 ウルトラ気まずい空気の僕らをどうにかしようとして、難波さんが僕とみなもの肩を抱いて言った。


「威もまだ始めたばかりなんだ。お嬢の気持ちも分からんじゃないが、大目に見てやってくれ。威も、女の子の体はデリケートなんだ。環境が変わってお嬢の体調が芳しくないんだから、いたわってやるんだぞ。いいな?」


「「はーい」」

 僕らは同時に、気の抜けた返事をした。


 いっそのこと、難波さんにも同居してもらいたい気分だよ。

 二人きりじゃ、休まる気がしない。



 それから僕と難波さんは、食堂で晩飯にありついた。

 肉体労働でヘトヘトだったから、僕は山盛りごはんを三杯食ったんだ。

 おかずもおかわりした。うまかった。正直、みなもが先に帰っててよかった。あいつがいたらメシが不味かったろうから。


 ああ、こんなに体力使ったのって、どのくらいぶりだろう?

 横須賀にいたころは、常に力をセーブしていた。

 もちろん学校でも。


 有り体に言えば、僕をいじめるヤツに仕返しすることが出来なかった。

 どんなに憎くても悔しくても、怒りに任せて手を出したら、最悪殺してしまうから。


 そんな僕の代わりに、みなもがいつも盾になり、戦って、そして傷ついていた。

 その時の傷が、今もみなもの全身に残っている。


 もしかしたら、このセーブ癖のせいで武神器がうまく使えないのかな……。

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