目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
【9】イクサガミ、訓練生になる 2

「そんなことより、これを使え、少年」

 店長が今度は、手に持っていた棒のようなものをポイっと投げて寄越してきた。


「おわっ、とと。あぶねぇなあ、ったく」


 それを両手で受け取ると、思ったよりもずっと軽い。

 まるでバルサかプラスチックで出来ているみたいなそのブツは――


「あんたはどうあっても、僕をロトの勇者にしたいのかッ!」


 最早、キレるところなのか呆れるところなのか分からなくなってきた。


 その細長い物体は、どこからどう見ても、精巧に作られた某勇者の剣そのものだった。精巧過ぎて、まるで映画のプロップを見ているような気分だ。

 でも僕が必要なのは武神器であってじゃない。


「少年よ、君は救国の勇者になるのが気に入らないのか?」

 と言って店長が小首をかしげると、銀髪横ロールがふわりと揺れた。


 つか、あんたが復帰すれば無問題モーマンタイでしょうが。

 ほんっと腹立つわ、このおっさん。


「難波さん、僕は勇者を目指すべきなんでしょうか?」


 僕は店長の茶番に早くも疲れを感じながら、長年陰日向から僕を護衛し続けてきた、愛すべき兄貴、難波中尉にダメ元で質問してみた。


「そんな悲しそうな目で俺を見るな。大丈夫、この方はこう見えても、救国の英雄、初代イクサガミの神崎提督閣下であらせられるんだからな」


 じゃーなんでそんなに微妙な顔で言うんですか。

 説得力があまりにナッシングです。


「うん、知ってた」と僕。

「え、そうなの?」とみなも。


 そうか、こいつは明日華ちゃんとの会話を聞いてないや。


「元、だろ、元。今はただのゲーム屋のオヤジだよ、難波君」


 と苦笑しながら言うと、店長はさすがに暑くなってきたのか、横ロールのカツラと瓶底眼鏡を外した。

 ああ、やっとこのしょーもない学芸会をやめる気になったか。


「暑くて脱ぐくらいなら、最初から着けなきゃいいのに、店長」


「物事、最初はビジュアルが肝心なんだよ。ゲームだってオープニングムービーの重要性は計り知れないだろう?」


「オープニング詐欺でクソゲー買わされる身にもなってください。存在自体が罪悪です」


「ひ、必要なの! お店としては騙されてでも買ってくれないと困るの!」


 なにハッキリ小売業の本音をブチまけてるんだ、あんたは。


「ていうかそのコスプレ、やりたいからやっただけでしょ? 正直に言いましょう」


「ち、ちがうもんっ」

 カツラを抱いて胸元にキュっと引き寄せる店長。


「どこの乙女だよ気色悪いな」


「ちがうモン」

 みなもまでマネし始めた。


「みなも、バカが感染うつるからよしなさい」

 僕はみなもを制した。


「閣下~、そろそろ始めて下さいませんか? 日が暮れます」


 いい加減しょーもないことばかり言ってる店長を見かねて、難波さんが注意した。

 難波さんに怒られた店長は、へいへいとやる気のない返事。


 そして店長は、何もないはずの背中側の空間からするするっと身の丈ほどもありそうな、立派過ぎるいぶし銀のツーハンデッドソードを取り出した。

 それは南国の強い日差しを刀身で弾き、神々しく輝いている。



「「「ぉぉー……」」」



 感嘆の声をあげる、僕とみなもと難波さん。


「諸君! 私はこれからエキシビションを披露する。この剣は武神器ではないが、それに近いものである。威力は君に授けた物のおよそ千分の一。

 ……おっと、少し長すぎたな。もうちょい短くするか」


 店長はそう言うと、切っ先を手のひらでギュっと押した。

 不思議と刃は手に刺さらない。

 ぐぐ~っと押していくと、剣はいつのまにか柄から先の長さが人の肘から指先くらいまでで、ゲーム的に言えば最初か二つ目くらいの街で手に入る『ショートソード』位の長さに縮んでいた。


「この位が扱い易いかな……」

 店長は逆手に構えた剣をヒュンヒュンと振り回した。


「うわ、すっごーい!」無邪気に喜ぶみなも。「すごいすごぅぃ~」

「え? え? どうなってるの、店長?」


 口の端を上げて、苦笑する店長。

「このくらい、君にも造作無いことなんだが……。

 では、いくぞ。刮目してくれ給え」


 店長は腰を落とし、ゆっくりと息を吐いた。

 逆手に持った剣をさらに後方に引き、空いた左手は地面を押さえつけるように、手のひらをぐっと下に向けている。


 数瞬後、耳鳴りのような音がしたかと思うと、それがどんどん大きくなっていく。

 店長の眼差しの先には、遠く前方に広がるニライカナイの海と白い波頭、そして巨大な岩の固まりがあった。

 テントの方にいた人たちも、難波さんも、そして僕らも、じっと店長を見守っていた。


 ふいに店長が大きく息を吸い込んだ。




「ァァアアアバァアアアァンッ、ストラアアアア――ッシュッッ!!」



 唐突に技名を絶叫すると、店長は後に引いたショートソードをナナメ下から上へと全力で振り抜いた。

 空を切る光刃。


 ……?


 なんも起こらないじゃん。


 ――そう思った瞬間。


 轟音とともに目の前のひび割れたコンクリートが、アスファルトが、巨人に土ごと引っかかれたかの如く、海に向かって真っ直ぐめくれ上がっていく。

 その幅およそ二メートル。

 溝は海に到達すると、今度は波をえぐりながら白い軌跡を作り、そして百mほど先にあった、島と言うには小さすぎる、大きな岩の塊に大きな穴を穿った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?