『……美月はほら、人気者だから』
葵の言葉に、千花は少し低い声で返す。千花はそのまま俯き、黙り込んだ。
『そういえば美月、サッカー部の
『……ファン』
葵はつまらなそうに言葉を返す。綺麗なようで、彼らの心の中はちっとも澄んではいなかった。
美月。千花。葵。
それはまるで、星と星を繋げてできる星座のように。
星羅の中で、すべてが繋がる。
『そんじゃ、またね』
家に着き、千花は手を振りながら葵の隣の家に入っていく。
『うん、また明日』
しかし、葵は玄関の扉に手をかけたままで、家の中に入ろうとしない。そのまま、くるりと振り返った。道路を挟んだ正面にあるのは、立派な白い家。
星羅が首を傾げると、千花がそっと言った。
「あそこはね、美月の家」
葵の視線は、まっすぐ二階の右側の窓に向かっている。美月の部屋だ。カーテンは開いたままで、窓際の机に向かう美月の綺麗な横顔が見えた。ふと、美月が顔を上げ、窓の外を見る。
ばちり、と音がした。二人の視線が絡み合う。
葵の視線に気が付いた美月は一瞬固まったものの、すぐに我に返りカーテンをサッと閉めてしまった。
あからさまな拒絶に、葵は悲しそうに俯き、しゅんとした様子で玄関をくぐった。
葵の表情に、千花は悲しげに目を伏せた。
そのときだった。星羅の手の中の花が瞬き始めた。
「えっ、なに?」
「竜巻だ! 星羅ちゃん!」
千花が星羅の手を掴む。次の瞬間、光の渦が二人を包んだ。
「わっ……!」
光は二人を飲み込み、空高くへ舞い上がる。
「なにこれ、どこ行くの?」
果てしない光の欠片に包まれて、星羅は不安になった。
「大丈夫。しっかり手を繋いでいて」
「うんっ……」
星羅は強く千花の手を握り、目を瞑った。
ほどなくして、竜巻はゆるやかに収まっていく。星羅たちは、ゆっくりと星の上に足を下ろした。
光が消え、ぱっと場面が変わった。
放課後の廊下を、美月が歩いている。吹奏楽部の部室へ向かっているようだった。階段を駆け上がり、美月は何気なく図書室と廊下を隔てるガラス窓に目を向けた。ガラスの向こうに人影が見える。
『あ』
葵だ。図書室のテーブルで、静かに本を読んでいる。
美月はその横顔に見惚れたように、立ち止まった。周囲を見るが、近くに千花はいない。
『千花を待ってるのかな』星羅の脳内に、美月の心の声がじんと響く。
『ねぇ、葵。付き合ってるっていう噂は本当なの?』
美月の細く長い指先が、そっとガラス越しの葵に触れる。しかし、視線を本に落とした葵はそれに気付かない。美月の心の声は震えていた。
『私、本当は……本当はね』
美月の瞳は、まっすぐ葵に向いている。けれど、すぐに美月はぶんぶんと首を横に振った。まるで、葵への想いを振り切るかのように。美月は大きな瞳をそっと伏せた。
「美月さん……」
心がぎゅっと、絞られるように苦しくなった。
美月の心の中は、葵への秘密の想いと千花への友情でぐちゃぐちゃに絡まっていた。
星羅は、まだ恋を知らない。毎日生きることに必死で、そんな心の余裕はなかった。
好きか嫌いか。星羅にはまだ、それくらいしか分からない。でも、美月の心情はそんな簡単な言葉で片付けられるようなものではないような気がする。よく、分からないけれど。
「千花さんも、葵先生のこと好きだったの?」
星羅が訊ねると、千花はかすかに笑ってぽつりぽつりと話し出した。
「……私ね、ちょうどこの頃に病気が見つかったの。悪性脳腫瘍だった」
星羅はきゅっと口を閉ざす。ずうんと、心臓が鉛になったかのように重くなった。
悪性脳腫瘍。ななと同じ病気だ。
「葵はいつもとぼけた感じだけど、頭が良くて割と顔もいいからさ、意外と女子に人気あったの。美月は美人で人気者で、いつだって人に囲まれてて、おまけに葵にまで想われてて……。なんかさ……なんで私だけこんなになにもなくて、こんな思いばっかなんだろって」
星羅は目を伏せる。街の喧騒を耳にするたび、星羅もいつもそう思った。
――どうして私ばっかり、こんな思いを。
自分は、なにか悪いことをしたのだろうか。神様に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。だって、もしなにもしてないなら、それならどうして神様は自分を、こんな目に遭わせるのか。
白い箱の中で、星羅はいつもそう思っていた。そう思うたび、心が煤で真っ黒になっていくようだった。
「それで、言っちゃったの。美月に、葵を取らないでって。美月はこの先もずっと葵のそばにいられるけど、私は今だけなんだからって。ひどいでしょ。寿命なんてさ、実際分からないじゃん。いつ事故に遭うか分からないし、通り魔に襲われるかわからないのに。……でも当時の私にそんなことを考える余裕はなかった」
その気持ちは、星羅には痛いほどよく分かった。
――私は、あとどれくらい生きられるのだろう。あと何回朝日を浴びて、あと何回ご飯を食べられるのだろう。みんながしていることを、私はあとどれだけ……。
星羅はまだ恋をしたことがないけれど、もし好きな人がいたら、そしてもし、好きになった人が親友と同じ人だったとしたら、きっと千花と同じように思っただろう。
千花は悲しそうに睫毛を震わせた。