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最終話

 デートの帰り道、キャンディさんは別れる直前に私に言った。

「ねぇ、あみ」

「なに?」

 私は足を止め、キャンディさんを見る。

「俺さ、もうキャンディをやめようと思う」

「え」

 驚いて顔を上げると、キャンディさんはどこかすっきりとした顔をしていた。

「俺はあみがいれば、本当の自分も愛せると思うから」

「……そっか」

 この世界から、キャンディさんがいなくなる。それは少しだけ、ほんの少しだけ寂しく思う。でも、とてもいいことだと思った。だって、私の中にキャンディさんは永遠に生き続けるだろうから。

 キャンディさんは続けて言った。

「あみはどう? あみはまだ、AMである必要ある?」

「私は……」

 キャンディさんの言いたいことは、すぐに分かった。私はゆっくり首を横に振る。

「……ううん。私も……キャンディさんがいれば、もうSNSもAMもいらない」

 まっすぐにそう告げてキャンディさんを見ると、彼はくしゃっと砕けたように微笑んだ。

 そして、言った。

「じゃあ、俺の名前呼んでくれる?」

「え?」

「だって、俺はもうキャンディさんじゃないし、王子でもないよ」

「それはそうだけど……」

「名前で呼んでほしい」

「…………」

 頬が熱い。視線が熱い。

 この場から逃げ出してしまいたくなって、思わず身を引く。すると、キャンディさんが小さく笑った。

「言ってよ、あみ」

 優しい声だった。私はその微笑みに背中を押されるように、小さな声で彼の名前を呼ぶ。

「……チトセ、くん」

「うん……あみ。あみ」

 驚くほど優しい眼差しで、キャンディさん――チトセくんは私の名を呼ぶ。照れ臭くなって、私はくるっと身をひるがえしてチトセくんから背中を向けた。

「あっ、逃げたな!」

「に、逃げてない! ちゃんと言ったもん!」と、私は即座に反論する。

「なら、もう一回言う?」

 チトセくんも引かない。

「い、言わない!」

 私はまた即座に却下した。

 真っ赤になった顔を見られないように、私はぷいっとそっぽを向く。

「ちぇっ」

 背中にわざとらしい舌打ちがぶつけられる。

「ちぇじゃないって!」

「まぁいいや。でも、明日からは学校でもチトセくんって呼んでね? 俺もあみって呼ぶから」

「はぁ!? あ、明日から!?」

「そうだよ。明日から」

「無理!」

「ダメ」

「絶対無理ー!!」

 チトセくんは余裕そうにお得意のにこにこ笑顔を私に向ける。王子様スマイルに弱い私は、ぐっと言葉に詰まる。

「さぁて、そろそろ帰ろっか」

 勝ったと確信したのか、チトセくんは笑ってホームへ歩き出す。

「ちょ、待って! 誤魔化さないでよー!」

 抗議の声を上げると、チトセくんはからっとした爽やかな笑い声を上げて、私を振り返る。

「あみはからかいがいがあるから、ついね」

「だから、からかわないでってば!」

「はいはい。ごめんね」

 そう言って微笑むチトセくんの顔はものすごく優しくて、色っぽくて。

「…………もう」

 私は頬を染めたまま、唇を引き結んだ。気を抜くと、目眩で視界が揺らぎそうだった。

「ほら、あみ」

 おいで、と、チトセくんが私に手を差し伸べる。

「……うん」

 私は悔しさを滲ませながらもその笑顔にやられて、チトセくんの手を取るのだった。

 * * *

 その日の夜。

 私は、『Re:START』を開いた。

 設定画面から、アカウント削除画面を開く。画面に、アカウント名『AM』という文字が映し出された。

『Re:STARTから退会しますか?』

 一瞬だけ手が止まるも、私は力強く『はい』をタップした。

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