キャンディさんは私をまっすぐに見据えて、言った。
「……俺、あみのことが好き。ずっと前から、あみのことが好きだった」
「え……?」
突然の告白に息が詰まり、一瞬思考が停止する。
好き? キャンディさんが、私を?
「そ、それは、私がキセキに似てるからでしょ? 好きっていうのは私のことじゃなくて、キセキにコスプレした私のことで……」
「違う」
言い終わらないうちにきっぱりと否定され、言葉を呑む。顔を上げると、キャンディさんの真剣な眼差しに射抜かれ、動けなくなる。
「違うよ。俺は、キセキに似てるからあみのことを好きになったわけじゃない。……だって俺、キセキより前にあみを知ってたから」
「えっ……!?」
目を瞠る。
「ど、どういうこと?」
「中学のとき、俺、あみに会ってるんだ」
「中学のとき……?」
眉をひそめ、首を傾げる。
私とキャンディさんは通っていた中学は全然違うし、住んでる場所も違う。塾にも行っていなかったし……そもそもキャンディさんほどの容姿のひとと会ったことがあれば、そうは忘れないだろう。
ぐるぐると考えていると、キャンディさんが再び口を開いた。
「キセキをあみに似せたんだよ。街でたまたま見かけたあみのことが、どうしても忘れられなくて」
「私に似せた? 街で……? え、待って、どういうこと? 意味がわからないんだけど……」
キャンディさんは一歩私に歩み寄る。
「すれ違いのキセキは、俺が描いてる漫画なんだよ」
「え……」
「ヒロインのキセキは、あみ自身なんだよ」
「え……?」
意味が分からない。分からないが――次第に頭の中でぐるぐると浮かんでいた言葉たちが繋がり始める。
すれ違いのキセキの漫画家が、キャンディさん。さらに私がヒロイン・キセキのモデル。そして、キャンディさんがキセキの作者で……。
「ええぇぇえ!?」
混乱で大きな声が出た。キャンディさんはぎょっとして私の口を塞ぐ。
「むぐっ!? ぐー!! ぐー!!」
高い天井いっぱいに、私の声がわんわんと響いた。
「しー! ここ、館内だから!」
パニックになりながらも、私は目をぱっちりと見開いたまま硬直する。口を塞がれていることも忘れて、私はキャンディさんに訊ねた。
「へ、へも、ふぁふぁしふぁふぉんふぁひよ?」
「ま、待って待って、なに言ってるか分かんないから」
口を塞がれたまま訊ねると、キャンディさんは苦笑混じりに手を離してくれた。口が解放され、改めて言い直す。
「私、そんな記憶ないよ!」
動揺は未だに収まらない。
「だろうね。でも会ってるんだよ。今朝待ち合せた、あの駅前で」
「うそ……それ、いつの話?」
「中三の夏休み前かな」
夏休み前というと、ちょうどいじめを受け始めた頃だ。
夏休みに入るまでは学校に行っていたから、そのときどこかで会ったのだろうか。
でも、どこで?
まったく覚えてない。
「……ごめん、分かんない」
「だよな。会ったって言っても、すれ違っただけだし」
「え、すれ違っただけ?」
キャンディさんが肩をすくめる。
「それなのに、私のこと覚えてたの?」
「……だから、一目惚れだったんだって。……引いた?」
私は慌てて首を横に振った。
「……引かないよ。驚いただけ。でも、それからずっと私のこと覚えててくれてたってことだよね?」
「うん、まぁ……」
キャンディさんは暗がりでもわかるほど頬を紅色に染めて、こっくりと頷いた。その仕草はいつもよりどこか子供っぽくて、可愛らしかった。
「うー……やば! 暑い」
キャンディさんは恥ずかしくて堪らなくなったのか、くるっと私に背を向けて手でパタパタと顔を仰いでいる。
「うわぁ。もうなんだこれ。告白って、こんなに勇気がいるんだな……」
「え、今の告白なの?」
「うそ、伝わってないの!?」
キャンディさんは驚いた顔で私を振り向く。
「結構渾身の告白だったんだけど……」
その顔はいつになく必死で、私は思わず笑いそうになるのを堪えた。
「……うそだよ」
キャンディさんは深いため息をつく。
「もう……」
私は、不貞腐れるキャンディさんのシャツの裾を摘んだ。
「ん?」
「……でも、話してくれて、ありがとう」
「……うん」
あらためて向かい合うと、思ったより距離が近くて、私は恥ずかしくなって一歩下がった。
「ふふっ」
キャンディさんにそっと手を掴まれ、どきりとする。
「!」
キャンディさんが一歩私に寄った。
あみ、と名前を呼ばれ顔を上げると、すごく近くにキャンディさんの顔があって、息を呑む。
「どこにでも連れていく。あみが行ってみたいところにも、あみがまだ知らないところにも。だから――だから、俺と付き合ってほしい」
その声はいつもの彼らしい優しい感じはなくて、どこか縋るような、懇願するような切実さが滲んでいた。
まっすぐな視線に射抜かれる。
「私も……お願いがある」
「なに? なんでも聞くよ」
どんなことでもいいから言って、とキャンディさんが言う。
「私……ずっと、そばにいたい」
私の言葉に、キャンディさんの目が瞠られる。
「……好き。私も、キャンディさんのこと」
言い終わると、沈黙が落ちた。急に音量が上がったように、周囲の喧騒が大きくなる。
いたたまれずに俯くと、キャンディさんが私の頬をすっと指先で撫でた。
「!」
「付き合ってくれる、って思っていい?」
私は唇をきゅっと結び、こくんと頷いた。その瞬間、ぐいっと強く引き寄せられた。
「わっ!」
私は引かれるままキャンディさんの胸に飛び込む。頬が彼の胸につき、直に体温と心音が伝わってきて、頭が真っ白になる。
「ちょ……い、いきなり」
「だって、嬉しくて」
抗議しようと顔を上げると、キャンディさんは泣きそうな顔をして、笑っていた。つられるように私の瞳も潤んでいく。
「泣かないでよ……」
「いや、それこっちのセリフだよ」
私たちは亀やらエイがゆうゆうと泳ぐ大水槽の前で、くすくすと小さく肩を揺らして笑い合った。