「まずは昨日のこと、悪かった」
「…………」
茅野くんは立ち上がり、頭を下げた。
「大場を苦しめる気はなかったんだ。でも俺、大場が苦しんでることに気付かずに追い詰めてた。本当にごめん」
「ただ、仲良くなりたかっただけだった。……その、入学したときからずっと、大場と話してみたいって思ってたから」
茅野くんの告白に、私はきょとんとなる。
「仲良く……?」
「うん。友だちになりたかったんだ」
私は目を瞠る。
「うそ……」
吐息を零すように否定すると、茅野くんは優しく微笑んだ。
「うそじゃないよ」
うそだ。だって、あの王子様が? 私と? でも、なんで?
私はわけが分からず、困惑気味に茅野くんを見上げる。
「俺も同じなんだよ、大場と」
「同じ?」
茅野くんは頷き、真剣な表情で私に言った。
「俺……キャンディっていうアカでRe:STARTに登録してるんだけど、分かるかな……?」
昨日もDMしたんだけど、と、茅野くんは恥ずかしそうに頬を染めてもじもじとしている。
突然茅野くんの口から飛び出したRe:STARTというワードに、私の頭の中ははてなマークでいっぱいになる。
沈黙して考え込む。
――キャンディ。
……キャンディ?
キャンディって、もしかして……AMのフォロワーで、唯一の友だちの、あのキャンディ? でも、キャンディさんは、私の……。
え、え、どういうこと?
キャンディさんは、いつも優しい言葉で包み込むように私に元気をくれたひと。私の精神安定剤だった、たったひとりのひと……。
包みの端と端がキュッと結ばれた、可愛らしい飴玉のアイコンがパッと頭に浮かぶ。
「えぇっ!? うそ、茅野くんがキャンディさんなの!?」
待って待って。ということはつまり、私は今までずっと、茅野くんのことを好きだったってこと……?
心臓が激しく脈を打ち出し、全身が熱くなる。私は頬を両手で隠したまま、おずおずと茅野くんを見た。
「ほ、本当に茅野くんが、キャンディさんなの……?」
茅野くんは顔だけでなく、耳まで真っ赤にして俯いた。
「俺、実は中三の頃からずっとAMのファンだったんだ。でも、そのことはずっと隠して生きてきた。俺のキャラじゃないし……だから、俺がアニメとかコスプレイヤー好きっていうのは、クラスのみんなは知らないんだよね」
「…………」
驚きで次の言葉が出てこない。沈黙していると、茅野くんは私が引いていると思ったのか、自嘲気味に笑った。
「……あー……ハハ。キモいよな。学校では王子様とか言われて必死でキャラ作ってるくせに、裏ではアニメとか漫画大好きで、隠れて裏アカでオタ活してるんだから」
その顔は今にも泣きそうで頼りなくて、儚い。
胸がチクリとした。
周りに勝手に決め付けられたイメージで、自分が自分から切り離されていく恐怖。それは、私もよく知っている。
「引いたよな……」
茅野くんの沈んだ声に、胸が苦しくなる。
このひとも、同じだったんだ。私と同じように、苦しんでた。
瞼が熱くなって、喉が絞られるように苦しくなった。まっすぐに茅野くんを見つめ返し、首を横に振る。
「……引かないよ。好きなものを好きって正直人言うのは、勇気がいることだと思う。隠そうとするのは普通だし、その気持ち、私にはよく分かる」
そう返すと、茅野くんは一度驚いた顔をしたあと、嬉しそうに目を細めた。
「……ありがとう。大場なら、絶対そう言ってくれると思ってた」
茅野くんの陽だまりのように柔らかい声と、キャンディさんが私に送り続けてくれた優しい言葉たちがぴったりと重なる。
『僕がいるよ』
『僕は味方だよ』
『大好きだよ』
私はいつも、キャンディさんに救われるばかりで、ちゃんと彼に返していただろうか。彼を救えていただろうか――?
「私……」
声が震える。
キャンディさんも、私と同じだったんだ。だからこそ、私をあんなに励ましてくれてた……。
「俺さ」と、茅野くんが喋り出す。
「高校で初めて大場を見たときから、AMに似てるなぁって、ずっと気になってたんだ。だからいつも話しかけようと思ってたんだけど、全然隙がなくて……気付いたらもう半年経ってたんだよな」
「じゃあ茅野くん、入学したときから私のこと……?」
茅野くんはしおしおと頷いた。
「入学式のときに大場を見て……その、一目惚れってやつ?」
学校で私を意識するその間も、茅野くんはキャンディとしてAMと接していた。ネットで仲良くなっていくにつれて、もしかしてと思っていたことがさらに真実味を帯びてきたのだという。
「そうなったらもう、我慢できなくなって突っ走ってた」
本当に、ごめん、と茅野くん――キャンディさんは少しだけ早口で言った。