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第8話

 鏡に映る本来の自分の姿を見て、何度目かのため息をついたそのとき、ぶぶ、とスマホが小刻みに振動した。

 Re:STARTからの通知だ。

 ハッと息を吐く。肺に空気がドサッと入り込んできてようやく、私は息を止めていたことに気付いた。

 スマホを見ると、私の投稿によく反応をくれるフォロワーからだった。

「……あ、キャンディさんだ!」

 キャンディさんは、『AM』の私を特に推してくれているファンのひとりで、私のたったひとりの友だちでもある。

『キャンディ:AMさん最近低浮上気味かな?』

 そのひとことが投稿されると、ファンのみんなが賛同して、次々に私にメッセージを送ってくる。

『るる:AMちゃんの新作コスプレ待ってます!』

『にゃーさん:AMちゃん元気かな? のんびり更新待ってますよ』

「……あ。るるさんに、にゃーさんさんも」

 そういえば、茅野くんに正体がバレてから、一度も更新していなかったのだった。

『みんな、心配かけてごめんなさい。今少し立て込んでいて……落ち着いたら必ず更新します。とりあえず新しいコスのリクエスト募集箱を置いておくので、みんな、たくさん投票してください! またあのキャラのコスプレしてほしいっていうのもありです。待ってますね』と打ち込み、投稿する。

 すぐにメッセージが返ってきた。

『キャンディ:⸜( •⌄• )⸝』

『ビビ:元気でよかった! 更新楽しみ! 投票はもちろん、キセキちゃん一択!』

『きらら:投票なににしようか迷う! でもやっぱキセキちゃんかな。どれも可愛過ぎたけど、一番ハマってた!』

 フォロワーからの優しい反応に、表情がほころぶ。強ばっていた全身の力が、風船がしぼむようにゆっくりと抜けていくようだった。

 私はスマホを胸に抱き、そっと目を閉じる。

 ネットは好きだ。私の精神安定剤だ。

 ネットの中のみんなは優しい。

 本当の私がどんなかなんて詮索してこないし、ちょっと浮上しなかっただけでもすごく心配して、優しい言葉をかけてくれたりする。

 Re:STARTのみんなのメッセージを見ていたら、少しだけ心が落ち着いた。そのままネットサーフィンしていると、新たにDM通知が来た。タップして開く。

『キャンディ:心配になっちゃったからDMしちゃった。立て込んでるって言ってたけど、大丈夫?』

『AM:キャンディさん……実は今日、クラスのひとにからかわれたんだ。それで少し、気分が落ちてて』

『キャンディ:からかわれた?』

『AM:うん……学校の人気者に私がAMだってことがバレちゃって、それからずっと付きまとってくるの。ずっと、ずっと……なんかもう監視されてるみたいで、息ができないの』

 私はキャンディさんに、これまでの出来事を簡潔に説明した。言いながら、少し苦しくなった。

『キャンディ:そっか。そんなことがあったんだ。そんな気持ちになってただなんて、辛かったね』

『AM:キャンディさんだけだよ……私のこと分かってくれるの』

『キャンディ:そんなことないよ。ぼくだってAMさんが話してくれなかったら分からなかったよ』

『AM:でも、聞いてくれた。私はそれが嬉しい。私なんかの話を聞いてくれるひとなんて、ほかにはいないから』

『キャンディ:私なんかなんて言わないでよ。そんなことないよ。AMさんのことを分かってくれるひと、近くに必ずいる。それに話聞いてて思ったけど、そのひとはAMさんのことをからかってるわけじゃないんじゃないかな?』

『AM:え?』

『キャンディ:なんていうか……』

『AM:なんていうか?』

『キャンディ:……いや、なんでもないよ。とにかくそんなに落ち込まないで。AMさんの悪いところは自己否定するところと自己評価が低過ぎるところだよ。AMさんにはぼくがいるんだから。ぼくは絶対に裏切らない。絶対的にAMさんの味方だよ。それだけは忘れないで』

 キャンディさんの言葉に、思わず泣きそうになった。返信を打つ。

『AM:うん、ありがとう。あーぁ。キャンディさんと同じ学校だったらよかったのにな』

『キャンディ:推しのAMさんにそんなこと言ってもらえるとは』

『AM:ふふ。いくらでも言うよ。いつもありがとう。私、キャンディさんがいなかったら生きていけないよ』

『キャンディ:そんなことないって』

『AM:……会ってみたいな、キャンディさんに』

 送信してからハッとする。うっかり、本音が文字になってしまった。今日いろいろなことがあって、寂しかったからかもしれない。

 私のひとことを最後に、キャンディさんからの返信が途絶えてしまった。

 まずい。今のは私が悪い。ネット上の友だちに、個人的なことに踏み込むのは、いけないことだ。私は慌てて文字を打った。

『AM:ごめん、ルール違反だよね。今のはひとりごとだから気にしないで』

 すると、すぐに返信が来た。私はほっと胸を撫で下ろした。

『キャンディ:ううん。そう言ってくれて、すごく嬉しいよ。あ、もう行かなきゃ。ごめん、またね、AMさん』

『AM:うん、また』

 ネットは……キャンディさんの言葉は、私の心を穏やかにさせてくれる。優しくてあたたかくて、私を否定するような言葉は絶対に言わない。

 顔も知らないひとだけど……私はたぶん、彼のことが……。

 ベッドに寝転がり、天井を見上げる。

 と、そのとき。

 ちゃらりん、と、今度は別のSNSの通知が届いた音がする。

 でもこれは、滅多にならない音。だけど最近、少しだけ耳にするようになった音。

 RINEの通知だ。

 誰だろう、と首を傾げて、ハッとする。

 現実世界で友だちがいない私に届くのは、これまでは基本家族か公式アカウントからの広告だけだった。

 でも、最近ひとりだけ――友だち欄に増えた名前がある。

「もしかして……」

 RINEを開く。通知は、やはり彼からだった。

『茅野チトセ:さっきはごめん』

『私こそごめんなさい。ひどいこと言ってごめんなさい』

 メッセージを打っては消しを繰り返し、指先を迷わせた。

 結局なにも打てないままRINEを閉じた。そのまま電源もオフにする。

 ベッドにスマホを投げ出して目を閉じる。

「明日……学校行きたくないなぁ……」

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