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第5話

 それからというもの、茅野くんはことあるごとに私に絡んでくるようになった。

「あ、大場! もしかして今からご飯? それならさ、俺らと食べない?」

「…………」

 保健室に行こうとする私の前に立ち、にこにこの王子スマイルでお昼に誘ってくる茅野くん。

 それに対し、私は心の底から嫌な顔をしてみせるが、茅野くんはまるで気にする気配もない。そしてもちろん、私に断る権利などはないわけで。

「……ハイ」 

 渋々頷くと、茅野くんは満足そうに笑った。

 その日のお昼は味がまったくしなかった。

 茅野くんは場所や場合、ほかのクラスメイトたちの視線すらかまわずに、毎日飽きもせずに付きまとってきた。

「大場! 次の移動授業、一緒に行こうよ」

「いや……でも」

 さすがにそれは、と思う。取り巻きの女子たちの視線が痛いほどに刺さっている。しかし、秘密のことを考えると、無碍にすることもできない。

「…………ハイ」

「よし!」

「……はぁ」

 あぁ、もう。私がこれみよがしのため息をついても、前を行く茅野くんはにこにこしている。

 なにが学園の王子様だ。私にとっては、まるで脅しのような笑顔だ。

 いつまでこんな状況が続くのだろう……。

 茅野くんの背中を見つめながら、私は何度目か分からないため息をついた。

 * * *

 それは、茅野くんにつきまとわれるようになってから二週間が経ったある日の放課後のことだった。

 また絡まれる前にと、急いで帰る支度をしていると、すでに帰る支度を終えた茅野くんが目の前に立っていた。

「大場お疲れ! 今日さ、よかったら一緒に帰らない? どっか寄ってこうよ。駅前に新しいソフトクリーム屋さんができたとかで――」

 飽きもせず、茅野くんは陰キャの私に話しかけてくる。

 彼の周りには、いつもどおりの取り巻きの女子たち。それらの視線の鋭いこと鋭いこと。

「ねぇチトセ、この子も一緒に帰るの?」

 黒髪縦ロールの女子が、茅野くんに向かって不満げな声を出す。

 それに対し、「そうだよ」とニコニコ笑顔で答える茅野くん。すると、縦ロール女子は小さく舌打ちして、「最悪」と呟いた。

 私は奥歯を噛んで、あふれそうになる感情を抑える。彼女の小さな文句は、彼女の知らぬ間に私の心臓を一突きしていた。

 集団というものは分かりやすい。ひとりが文句を言い出すと、周りの女子たちも口々に不満を言い始めた。

「私もこれ以上ひと増えるの嫌なんだけどー」

「分かるー」

 あけすけに不満を口にするひと。

 ……私だって嫌だよ。

「というかこの子私知らなーい」

「私も。だれ?」

「さぁ? こんな子いた?」

 嘲笑混じりの反応をするひと。

 ……私だって、あなたのことなんて知らない。興味もない。

「そもそもこの子迷惑がってるんじゃない? ねぇ、行きたくないよね? 一緒になんて」

「そうよ。強制しちゃ可哀想だよ。ねぇ?」

 語気を強めに空気を読めとすごんでくるひと。

 ……私だって行きたくない。あなたたちと関わり合いたくなんてない、と心の中で叫ぶ。

 ……が。小心者の私が言い返せるわけもない。

「まぁまぁ、そう言わないでよ。たまにはいいじゃん、こういうのも。ね?」

 茅野くんはそれらの声をまるで気にする素振りもなく、笑顔で私に微笑みかけた。

「そういえば、最近チトセってこの子にばっかり話しかけてるよね」

「ねぇ、なんでこの子をかまうの?」

 取り巻きの女子たちの強い視線が刺さる。

「っ……!」

 いくつもの視線の圧に、背筋がぞくりとする。

 蘇るのは、中学生のときに受けた深いトラウマ。

 あのときの恐怖が、足元からじわりじわりと迫ってくるようだった。

 全身に鳥肌が立ち、呼吸が苦しくなっていく。

「さて。みんなで仲良く一緒に帰ろう。たまには普段話さないひとと話すのも楽しいでしょ!」

 茅野くんが笑顔で間に入ってくる。

 あぁ、もう……。

 私はたまらず額を押さえた。

 頭が痛い。もういい加減に、止めてほしい。

 私たちは、そもそも住む世界が違うのだ。干渉しなければ、お互い平和でいられるのだ。それなのに。どうして私の穏やかだった生活をかき乱すの……。

 ぷつん、と私の中のなにかが切れた音がした。

「ね、行こうよ大場も」

 笑顔で話しかけてくる茅野くんを、キッと睨む。

 茅野くんやその周りの女子たちに「いい。私、ひとりで帰るから」と言い放つと、私は鞄を手に足早に教室を出た。

「えっ、ちょっと、大場!」

 背後で私を呼び止める声が聞こえるけれど、無視して歩みを進める。すると、女子たちの私を批難する声が、大きな石となって私の背中めがけて飛んできた。

「うわ、なにあの態度」

「ウザ」

「何様? 最悪じゃん」

 容赦ない批判に、たまらず耳を塞ごうとしたそのときだった。

「止めろよ。お前ら、大場のなに知ってんの」

 茅野くんの静かな、苛立った声が空気を震わせた。足が止まる。

「……はぁ? なに。チトセはあの地味子の味方なわけ?」

「ていうかチトセくんも、なんか私らに対していつもと態度違くない?」

「マジ? チトセくんってあーいうのが趣味?」

「地味子?」

「やば。趣味悪! 冷めるわぁ」

 女子たちは、今度は茅野くんへ批難の声を向ける。愛情の裏返し、手厳しい鋭い言葉たちが茅野くんを襲う。茅野くんは黙ってしまった。

 どうしよう。

 私はまた、パニックになる。

 どうしてこんなことになっちゃったの? 私のせい? 私のせいでこんなことになったの?

 ……違う。

 私が気にすることじゃない。あのひとは勝手に自爆したんだ。私には関係ない。そう言い聞かせて、私は再び足を進めた。

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