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第4話

 おずおずと顔を上げると、茅野くんは私を見て眉を八の字にしている。

 そして、

「なんで?」

 意味が分からない、とでも言いたげな顔で私に訊ねた。あまりにも軽い響きの言葉に、胸の奥がわっと熱くなる。

「なんでって……そんなの、バレたくないからに決まってるでしょ」

「うん。だから、なんでバレたくないの? AMってネットでめちゃくちゃ人気者じゃん。みんな、大場がAMだって知ったら驚くんじゃない?」

 けろりとした口調で茅野くんはそう言った。

 なんにも分かっていないのだな、と怒りを通り越してもはや呆れてため息が出た。

 このひとには、私の気持ちなんて分からないのだ。陰キャの私の気持ちなんて、絶対に。

「……茅野くんには関係ない。とにかくバレたくないの! だから、お願い」

 一層強く言うと、茅野くんは少しだけ不満そうな顔をした。

「そうなんだ。ふぅん……でも、どうしよっかな」

「どうしよっかなって……」

 茅野くんは、お気に入りのおもちゃを見つけた子供のように楽しげな声で言う。

「このこと知ってるの、もしかして俺だけ?」

「そう……だけど」

「へぇ、そっか」

 笑顔が黒い。にこにこした茅野くんとは対照的に、私は絶望的な気持ちでその整った顔を見つめた。

「……お願いします」

 私はどうしても、みんなに正体を知られるわけにはいかない。だって、バレたらあの日々が戻ってくる。

 あの地獄のような日々が……。

 想像しただけでも怖くてたまらなくなる。私は祈る思いで再度頭を下げた。

 すると、茅野くんは小さくため息をついたあと、吐息混じりに言った。

「いいよ。その代わり、連絡先教えてくれない? そしたら黙っててあげるからさ」

「……え? れ、連絡先?」

 顔を上げて茅野くんを見つめながら、私は意味が分からずに瞬きをした。

「そ。連絡先。大場もRINEリンくらいやってるでしょ?」

 RINEとは、Re:STARTとはまたべつのメッセージ交換アプリだ。

「まぁ……」

 もちろん、私もやってはいるけれど。でも、私と茅野くんは友だちでもなんでもない。それなのに、どうして私のIDなんかほしがるのだろう……。

「ね、教えて?」

 だからなんで、と思いながらも、茅野くんの恐ろしく美しい笑顔に気圧され、私は小さく頷くことしかできない。

 これがもし、普通のシチュエーションで囁かれたのなら、また気分が違ったかもしれないが。今の私にとって、彼の王子様スマイルはただの脅しに他ならない。

「分かった……」

 渋々了承し、ポケットからスマホを取り出す。

「やった! 大場のIDゲット!」

 茅野くんは、なぜか私のIDをゲットして喜んでいる。

 私はといえば、アプリに登録された名前と整った横顔を交互に見やり、ため息を漏らす。

「……あの、本当に黙っててくれるんだよね?」

「おう」

 恐々と訊ねると、茅野くんは弾ける笑顔のまま頷く。

「…………」

 本当だろうか。

 彼と私の明らかな温度差に不安になる。

 彼の笑顔は軽くて、どこか怖い。変なことを企んでいないといいのだが。

 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。

「あ、じゃあ放課後連絡するからな! ……無視はダメだからな」と、茅野くんはお得意のスマイルを残して先に保健室を出ていった。入れ違うように、養護教諭の先生が職員室から戻ってくる。

「あぁ、大場さーん! そろそろ午後の授業始まるけど、どうする?」 

「あ、はい……。もう行きます」

 慌ててベッドから這い出し、制服の乱れを直した。気は進まないが、こんなことで休むのはダメだ。

「そう。無理はしないで、頑張ってね」

「ハイ……」

 養護教諭の先生は私の事情を知っている。だからいつも、とても優しくしてくれる。

 先生の優しい微笑みに、ほんの少しだけ心が和らいだ私は、一抹の不安を抱きつつも茅野くんがいる教室に戻るのだった。

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