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第36話 姉妹

 とにかく、とにかく腹が立って仕方がなかったのだ。

 なんで自分じゃないのかと、なんで自分が選ばれないのかと。

 そんな気持ちが胸の中に広がって、大きくなって、ぐるぐるして、彼の姿を見るたびに物凄く嫌な気持ちになった。

 彼の事が一番好きなのは自分だと、ハッキリと言える。

 彼の好きな所を10個言えと言われたらすぐに言える。


 頭の良いところ。

 スッキリと清潔なところ。

 異性にも優しくしてくれるところ。

 興味のなさそうな話にも付き合ってくれるところ。

 真面目なところ。

 はっきりとした二重で目尻が細いところ。

 自販機でいつも同じ飲み物を買うところ。

 走るのが意外と早いところ。

 先輩だろうが後輩だろうが分け隔てないこと。

 忘れ物をしないところ。

 それからそれから、えぇと、いっぱい。


 とにかく彼の事が大好きで、彼の恋人になれたらいいな、なんてずっと思っていた。

 こっそりと撮影した真面目に机に座っている写真は、誰にも言えない宝物だ。

 待ち受けにはしないけれどロックはしっかりかけて、お気に入り画像ですぐに出てくるように設定して。

 夜寝る時には月が見える所で「この人とお付き合い出来ますように」なんて祈ったりなんかして。

 こんな乙女な所は誰にも見せられないので本当にこっそりとしたお祈りだが、彼に出会ってから4年。毎日欠かさず続けてきた。

 残念ながら同じ部屋で机に向かった事は無いけれど、それでも休み時間にちらっとその姿を見る事が出来るだけで一日がとても楽しい気分にもなったものだ。


 なのに、彼にはいつも隣に人が居る。

 同い年で、同じ部屋で机に向かっている。

 それだけでもズルいのに、休み時間になるたびに彼に声をかけるその姿に、とてもとても、嫌な気持ちになった。

 何度も牽制をしているけれど少しも凝りていないっぽいその姿に、蹴っ飛ばしてやりたい、なんて思ったことはいくらでもある。

 ずるいずるいずるいずるい。

 自分は彼に名前だって覚えてもらっているかも曖昧なのに、毎朝同じ部屋に入るというだけで、ただそれだけの事でアイツは彼に認知されているのだ。

 ズルイズルイズルイズルイズルイズルイ!!

 こっちはこんなに彼の事が好きなのに!!

 髪型にも気を使って、化粧だってして、服装はそうそう自由には出来ないからせめてもアクセサリーには気を使った。

 それなのに、ただ同じ部屋で机に向かうというだけで、なんでなんでなんでなんで!!!


 この恋心には障害がいっぱいだ。

 彼の事がただ好きなだけなのに邪魔者は居るし、姉妹がどうにもこの恋心に気付いているみたいで馬鹿にした顔をしてくるのも腹立たしい。

 アンタに恋人が出来るわけがない、なんて、よくも面と向かって言えるものだ。

 その言葉はそのまま返してやる、と言うと年甲斐もなく姉妹喧嘩なんかやめなさいなんて言われて、親のその言葉にもとても腹がたった。

 母は結婚しているからもう恋愛なんかしない。

 そんな度胸のある人じゃないからだ。

 でもこちらはまだまだこれからで、今まさに恋をしている最中だというのにまるでくだらない事だとでも言いたげな顔をするのはやめてほしい。


 イライラする。イライラ、イライラ。

 こんなに好きなのに、伝わらないのも腹が立つ。

 こちらがちょっとアプローチしても彼は少しも気付いてくれない。

 ちょっと話をすることは時々、本当に時々あるけれど、彼がこちらを意識してくれている気配はまったくない。

 そんなに自分は魅力がないのかと落ち込んだ事もあるけど、友達は「可愛いよ」とか「そんな事ないよ」とか言ってくれるので自信を持って今日もリップを塗る。

 彼のために選んだ、自分のカラーに合わせたちょっとお高めのリップ。


 なのに彼は、気付いてくれない。


 何その似合わないリップ、なんて姉妹で言い合う。

 また喧嘩になって、母に呆れられて、イライラした。

 本当に本当に、イライラする。

 恋のおまじないなんてものはいくらでも試した。

 彼に出会ってから、小学生の女の子がするような些細な恋のおまじないだって試してみたりもした。

 それでも、姉妹には笑われるのに彼には気付かれない。

 部屋が違うとそんな事にも気付いてもらえないのか。

 彼の前でわざとらしくハンカチや財布を落としてみても、拾ってくれるのは別の人。

 お前じゃない! なんてイライラして、最近目つきがキツいよ、なんて言われてまたイライラしてしまった。


 そんな時に、ふと見かけた噂話。

 ネットの海の中、かなり古いブログの記事に残っていた【黒い部屋】の話。

 この噂話の信憑性はどの程度なのかは分からないが、多分創作だろうなと思いながらブログを読んでいく。

 沢山居る登場人物のほとんどは高校生で、まとめているのはその高校生の関係者の大人らしいと読みながら知っていく。

 そこで、創作だと確信した。

 だって誰かが行方不明になったり、呪われたり、それが人の目に見えたりなんて事あるわけがない。

 なのに、どうしてかその【黒い部屋】のブログに凄く興味がひかれて、そこに書いてあったことを真似してみたくなった。

 この世界とは別の世界に送り込める黒い扉と、黒い部屋。

 そこに閉じ込められた人はその人の存在自体が消えてしまったように認識されなくなる、らしい。

 まゆつばものだ。

 でも。もし本当にこれが出来るならばとても、とても魅力的だと思う。


 必要なのは生贄と、【黒い部屋】を知っている人間と、木の人形。

 木の人形が少し面倒だったけれど、それ以外はどうとでもなった。

 あぁそうだ、そうだ。

 生贄はアイツにしよう。

 そんでもって、呪う相手も決めた。

 だってそう、そうでしょう?

 だって、邪魔なのだもの。

 アイツしかいないじゃない。


 そうと決まったら、次は下準備をしなければいけない。

 時間がかかりそうなものは、最初に仕掛けていかなければ。

 でも、仕掛けるだけならば簡単だ。

 ただちょっとした火種をぽとりと落とせばいい。


【ねぇ、黒い部屋って、知ってる?】


 あぁほら、簡単じゃないの。

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