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第33話 生贄

 木の人形の指は崩壊していくようにボロボロと鷹羽の足首から離れるも、薬指だけはしぶとく足に残ってとても嫌な感触に鷹羽は手を使うのも嫌そうな顔をしながら逆の足で木片を踏んで剥がしていく。

 マスターはじっとその様子を見守っていたが助けるつもりはないようで、鷹羽がなんとか木片から解放されるとすぐに視線を外してエレベーターの電子盤の方を見た。

 もうちょっと気にしてくれても……という気持ちがないわけでもないが、いつまでもエレベーターの中に閉じ込められたままというのも嫌なので、マスターのする事を黙って見守る。

 結局、彼が来てくれた事で状況は好転していると言ってもいいのだから、鷹羽が何か言う権利なんかはないのだ。

「あの……これが生贄ってどういう事ですか」

「うーん、なんて説明すればいいのか……残酷さの度合いはどのくらいがお好みで?」

「ほ、ほどほどでお願いします……」

 鷹羽の反応を見て面白そうに笑ったマスターは、4階のボタンを押す。と、さっきまではどこを押しても動かなかったエレベーターが動いたものだから流石の鷹羽もビクッとしてエレベーターを揺らしてしまった。

 がくん、と揺れたエレベーターが4階まで上がりきる3階と4階の間で、マスターは次に2階を押す。普通であればこういう場合でも、4階についてドアが開いてから、改めて2階に降りていくのが通常のエレベーターの挙動だ。しかしエレベーターは2階が押された瞬間にまるでなにかに気付いたかのように僅かに揺れると、4階で止まらないままにスーッと下に降りていく。

 その動きにも、ちょっとゾッとした。明らかに普通でないものばかりを見ているというのに、今また追加で「有り得ない」ものを見てしまうと冷静さの戻り始めていた頭が再び混乱し始めてしまう。

「黒い部屋を作るのには、生贄と、呪いの媒体と、呪いを作る人間が必要、らしいんです」

「まぁ……呪いの中じゃ普通っちゃ普通?」

「そうですね。そして、その生贄の強さ……うーん、例えば憎悪とか、未練とか、そういう気持ちが強ければ強い程に強い呪いになる、とかなんとか」

「……その情報は、どこから?」

「鷹羽さんは、見ましたよね」

 ウチの店の裏。そう言いながら、マスターはようやく鷹羽を見た。

 猫のような目は初めて見た時から吸い込まれるような不思議な色合いで、赤いようにも黒いようにも視える。

 とてもゆっくりと瞬くその目に引っ張られそうになりつつも意識を黒猫茶屋の方に向けてみると、そういえばあの店の裏口には沢山の本が貯蔵されている「古書店」があるのだ。

 未だに鷹羽はあの古書店側が開店しているのを一度しか見たことはないけれど、何度か店の中には入れてもらった事がある。

 喫茶店側とはまるで違う、どこかしっとりとした空気にインクやカビっぽい匂いのする空間は、まるで田舎の蔵に入り込んだような錯覚を覚えた。

 あの中には確かマスターが蒐集したという本がぎっしり詰め込まれた本棚が沢山あって、一部が貸本となっている部分の本は鷹羽も非常に興味をそそられていたりもしたものだった。

 だが未だに本を借りたことも、勿論買った事もない。

 開店している所に出くわさないから、というのもあるけれど、前に遭遇した妄執霊もうしゅうれいの過去の話を見た時に大分とショックを受けてしまったものだから、そういうのを幾つも幾つも見続けるのはしんどいと思ってしまって。

 もしかしてその中にこの【黒い部屋】に関わる情報があったのだろうか。

 マスターを見ると、マスターは軽く肩を竦めてから

「オレの前のマスターが記録しておいた中にあったんです。前に黒い部屋が出現した時の情報……というか、先代が記録したもの、ですかね。もしかしてと思って見てみたんですが、ほんの数ページだけ記録がありました」

「そ、それって今の黒い部屋と同じモノだったり?」

「多分……としか言いようがないですが、共通する事項しかなかったのでそうだろうと思っています」

 先代の記録もそう多くはなかったのですが、と言いつつ、マスターは小さな声でボソボソと鷹羽に語り始める。

 彼の声が小さいのは、きっと今エレベーターが開いたから、というのもあるのだろう。ゴクリと生唾を飲み込んで、目の前に再び広がったあの黒い通路の光景とマスターの語る【黒い部屋】の話とでどちらに意識を向ければいいのかわからなくなってしまう。

 この【黒い部屋】において重要なのは、呪いの媒体にされた生贄の感情の強さだと、記録にはあった、らしい。そこには様々な注釈が書かれていて先代にとってもまだまだ未知数な存在なのだという事はマスターにもわかったと言うが、とにかく先代マスターは「時間との勝負」と強く強く、書いていたという。

「幸いオレや鷹羽さんには黒い呪いはくっついていないですが、キクちゃんの方が心配です。黒い部屋の呪いを受け取ってしまう体質の人は、徐々に身体が黒く染まっていってそのうち黒い部屋と同質化してしまうらしくて」

「同質化、って……」

「鷹羽さんには視えているんじゃないですか?」

 エレベーターから降りたマスターは、鷹羽に新しいペットボトルを差し出して「持っていて下さい」と強く握らせた。

 視えているんじゃないか、というのは、単純にこの空間が黒く染まっているというそれだけ、ではないだろう。さっきの木の人形もそうだが、この空間の中のあちこちにあるまるで人間がこちらに手を差し伸べているかのような、こちらを――誰かを引きずり込もうとうしているかのような、真っ黒なヒトガタの事を言っているのだろうと、鷹羽は思う。

 視えているが、見ていて気持ちのいいものじゃない。

 まるでこの世界の壁や天井に同化してしまった人間が助けを求めているかのような姿は、こちらが何もしてやれないだけにただただ胸が苦しいだけだ。

 しかし、キクがこのヒトガタと同じ存在になってしまうのだとしたら、ここでビビっている場合ではないのじゃないだろうか。

「黒い部屋は、生贄を使って呪いの木の人形を作り、その木の人形を媒体にして空間を作り出して……みたいな、まぁファンタジーな話ですよ」

「それで黒い部屋が出来上がるのか……」

「いえ、オレとしては正確には黒い部屋を呼んでいるだけだと思います。いくらなんでも人間一人の生贄でこれだけ大規模な呪詛は作れません。人が流す噂と、生贄と、その呪詛の強さ。それで別の場所にある黒い部屋を呼び込んで合体して、どんどん大きくなっているんじゃないかと」

「それって……元々黒い部屋はあっちこっちにある、って事スか」

「……そうですね。きっと誰かが噂を始めた瞬間から黒い部屋という存在はこの世界に生まれ落ちて密かに伝えられ、SNSの発達によって表に出る事が増えた、ってことじゃないかなぁと思っているんですよ」


【黒き部屋は飲み込んでいく。希望、願望、愛情、友情、その全てを飲み込んで、咀嚼して、己の栄養にしてしまうのだ。それを知らない者たちはほんの戯れのように扉に触れ、部屋を呼ぶ。嫌いだからと、憎いからだと、愛しいからだと、欲しいからだと叫びながら扉を開いた者は、やがて黒く染まるだろう。では、そうではないものは一体どうなってしまうのか――それはまだ、誰も知らない。】


 あぁ、あぁそういう事か。鷹羽は、エレベーターの中で見た最新の【あらすじ】を思い出して、その中にある「部屋を呼ぶ」という単語にしたくもない納得をさせられていた。

 部屋を呼ぶってどういう事だろうと思っていたが、そうやって呼びあった部屋が大きくなっていってこうしてでかい空間を構築しているというのなら、とても納得が出来る。したくもないが。

「じゃ、じゃあさっきの山内さんはその生贄って事なのかよ……!」

「そういう事ですね。誰が彼女を生贄にしたのかは知りませんが、さっきの山内さんという方がなにかに執着していたり、怒りを抱いていたり、そういう感情を持っているのを知っていて丁度いいから利用しようと考えたんでしょう」

「それって、そういうのを知っている近しい人って事になるよな」

「そうですね」

 大体そういう感情を知っているのは、恋人か家族か親友くらいのものです。

 マスターの言葉は、鷹羽にとっては反吐が出るくらいに気分の悪いものだった。

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