寝苦しさを覚えてラナベルは目を覚ました。
起き上がろうとして、けれど固定されたように動かない体にパチリと目を開ける。
腕を上げて布団の中を覗き込む。子どもみたいに丸くなってラナベルにしがみついた白髪の青年を見て、ラナベルは息をついた。
「またこの方は……」
客室を用意していたはずなのにどうしてここにいるのだろう。
それぞれの部屋にはダニアやグオンだっていたはずだ。それでもここにいるということは、二人が通したのだろう。
ひとえにレイシアならばラナベルに無体を強いることはないという信頼故だが、それならそうと起こしてくれればいいのだ。べつにラナベルだって追い返したりはしないのだから。
面白くない気分で抱きついているレイシアの寝顔をじっと眺めてみる。
すやすやと眠る姿は普段よりも幼さが滲んで見え、無意識に笑みが浮かんでしまう。
スレアから王都に帰ってきてしばらくの間は二人とも随分とバタバタしていた。
レイシアは村での報告をあげ、ローランとともにナシアスの補助をしてスレアや近隣の街の回復に尽力していたし、ラナベルはラナベルで今回の功労者として褒賞を受けたり、シュティ筆頭に神官から聖女だなんだと担ぎ上げられて再び神殿に属することになった。
ほとんどの感染者が元気になって村や街が日常を取り戻してから、今回の件での慰労パーティーが行われた。
ナシアスたち王宮はラナベルやシュティだけでなく、ダニアやアメリーなども一緒に招待してくれたのだ。
貴族も多数招待されていて、いつもは避けて通るのに今回は我先にとラナベルに集った。
見え見えのおべっかや今回の件に関する形だけの慰労の言葉。
祝福が復活し、しかもそうそうに流行病から街を救った英雄――と世間で噂されているからこそのへりくだりだろう。
前からこれ見よがしにラナベルを嘲笑してきた人たちは、青白い顔でラナベルの機嫌をとるのに必死だった。
一生懸命ラナベルを褒め称え、案に「昔のことは水に流してくれ」と頼み込む彼らに、ラナベルに従っていたアメリーとダニアの目はそれはもう冷たかった。
いつの間にかそばに来ていたシュティなんかは、大きくへの字に曲がった口許を隠そうともしていない。
べつにラナベルは過去の発言をさらって今さら罰や叱責を与えるつもりはない。
べたべたと周りに集われるのは迷惑だが、アメリーやダニアたちが適度に追い払ってくれるので胸がすく気持ちだ。
しばらくはこの状態が続くだろうが、レイシアが隣にいる限り心配することはないだろう。
その慰労パーティーでは、立役者であるラナベルや同様に派遣された騎士たち、またレイシアなどに国王から褒賞を贈られた。希望はあるかと訊かれたラナベルは「そのお言葉だけで十分でございます」と本心を述べたのだ。ほかの者も似たようなものだった。
しかし、その中でただ一人イレギュラーだったのがレイシアだ。
彼は国王に訊ねられてそうそうに顔を上げ、婚姻の儀の前倒しを願った。
曰く、自分とラナベルが婚約しているのは周知であるが、それまだ正式な婚姻ではないこと。
曰く、今回の件でラナベルが再び注目を集めることとなり、自分は心配でならないのだと。
国王は予想しなかった内容に驚きつつ神殿側に便宜を図ってくれると言った。ナシアスは苦笑し、ローランはうんざりした顔できいていたものだ。
舞台役者のように婚約者への愛を朗々と語ってみせたレイシアに、同じ会場にいたラナベルはどんな顔をすればよいのかわからなかった。
会場中の視線が集まる気配を思い出し、そのときの頭痛と羞恥も蘇って思わず顔を覆う。
途端に穏やかな寝顔が憎らしく思えて、レイシアの鼻先をつんとつついた。
それでも彼は起きることはない。安心しきっているのだろうか。
村でもそうだったが、レイシアはラナベルがそばにいないと落ち着かないようだ。仕事中など気を紛らわせていれば大丈夫だが、とくに夜は心配や不安が煽られるのか飛び起きてはラナベルの安全が確認できるまで寝付けもしないという。
多分、王妃の件でラナベルが自分の知らないところで危ない目にあったというのがよほど
そのためよほど仕事が立て込んでいない限りは最近じゃセインルージュの邸で寝起きしている。毎晩ラナベルの布団に潜り込むのは悪いと思っているのか、一度は自分に用意された部屋で寝てみようとはするのだが、朝になればこの通りである。
(それならいっそ最初から一緒に寝ればいいのに)
ラナベルは一度だってダメだといった覚えはないのだから。
時刻を確認するがまだ時間に余裕はある。もう少し寝かせてあげてもいいだろう。
起こさないように慎重に腕の中から抜け出し、締めつけられていた身体をぐうっと伸びをしてほぐす。
春に入って、日の出も随分早くなった。
レースのカーテンをまくって陽差しを浴びる。木漏れ日も温かさを感じ始めていて心地よい。
不意に窓の向こう見ると、祈りの間へ向かうラシナの姿が見えた。
早朝のせいか使用人は連れておらず一人きりだ。
扉に滑り込む姿を目で追い、ラナベルはショールを手に部屋を出た。