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第74話


 簡素な木製扉をノックし、レイシアがデリンの名を呼ぶ。

 静かに待ってみたが一向に応じる気配はない。

 顔を見合わせ、少し険しい顔になったレイシアが同じように扉を叩いて何度か呼びかけた。

 それでもデリンが顔を見せることはない。

「もしかして不在でしょうか?」

「いや。さっきの男が言っていたようにほとんど家から出てこないそうだし、きっと隠れているんだろう」

 コソコソと話し合う。たしかにハッキリした物音はないが、人の気配はあるように思える。

 このままでは一生出てきてくれそうにないと思ったラナベルが、駄目元で控えめにノックをしてみた。

「デリンさん。私ラナベルと言います。少しお話をお伺いしたいのですが――」

 少し悩んだ末に、ラナベルは彼女の実家である「ナイアラン」と家族の話を出した。もし、デリンのなかに少しでも店や家族に心残りがあれば応えてくれるかもという一種の賭けだった。

 思わせぶりに言葉を切って待つこと数分。いや、もっと長かったかもしれない。

 とにかく怯えさせないように静かに根気強く待っていると、微かに届く足音の後に小さく鳴った鍵の開く音。

 立て付けが悪いのか、扉はキイッと軋む音とともに少しだけ開かれた。暗闇の室内から、どこか生気の薄いくぼんだ目が現れる。

「……どなたですか。実家でなにか?」

 耳をそばだてなくては聞き逃すようなボソボソとした喋りに、代表して同じ女性であるラナベルが応えた。

「どうしてもデリンさんにお伺いしたいことがあって来ました」

 突然すみませんと詫びると、警戒心でギラついていた目がおろおろと彷徨い出す。

「わざわざ私に訊きたいことと言うのは? それに私の居場所は実家で聞いたんですか?」

 あの人たちは私の居場所を知っていたんですか?

 少し早口で問いかけてくる目に、絶望が押し寄せる。家族に居場所を知られていることを恐れるようなものじゃない。知っていて、それなのに家族は自分になんの行動もしないのだと知った――見捨てられたと知った子どもみたいな傷ついた眼差しだ。

「いえ、ご家族の方々はこの村のことまでは知りません。東部のほうに行ったと聞いて私たちがしらみつぶしに探していたんです」

 正直に言っては閉め出されると思って咄嗟に嘘を混ぜた。

 安堵の過ったデリンの目は、しかしすぐに遠ざかっていた警戒心が戻ってきて針で刺すような視線が突きつけられる。

「……そこまでしてなぜ私を探してたんですか?」

 不健康そうなくぼんだ目がギラリと光る。強い眼差しとは反対に、彼女の身体は怯えたように一歩後じさった。

(誤魔化すべきかしら……それとも)

 口を噤んだラナベルは隣に立つレイシアの判断を仰いだ。

 あくまでラナベルは付き添いであり、イシティアの件については部外者だ。なにより核心に迫る言葉は、レイシアが彼自身の言葉で問うべきだと思った。

 そんなラナベルの意を汲んだのか、レイシアが一歩距離を詰めて浅く息を吸った。

「十一年前に王宮で起きた第三王子暗殺の件で――」

 と、扉に手をかけたデリンが突然力任せに玄関を閉める。素早く足を滑り込ませたレイシアが阻むと、いつのまにか距離をつめていたグオンが扉の隙間に手をかけて押し開いた。

 大した栄養も取れていないだろう貧弱なデリンは、短い悲鳴とともに感嘆に後ろに倒れ込んでしまった。

「し、知らない! 私はなにも知らない!」

「その様子で白を切るのは難しいと思うが」

「ほ、本当に知らないんです! わ、私は王宮になんて行ったことはありません!」

 倒れ込んだ姿勢でずるずると這うように距離をとるデリン。

 レイシアやナシアスに続いて家の中に入ったラナベルは、彼らの後ろから半狂乱に叫ぶ彼女の様子を見ては胸が苦しくなった。

「そもそもあなたたちはなんなんですか。なぜそんな前のことを今さら……!」

 大して広くない家だ。デリンは簡単に行き場をなくして壁に背を預けながら威嚇するように叫ぶ。

 その言葉に、レイシアとナシアスは揃えたようにフードから顔を現した。

「あ、あ……」

 王族の証しである白金色の髪を持つナシアスだ。そりゃ驚くだろうと思いきや、デリンはむしろレイシアのほうに目を惹かれている様子だった。

 くぼんだ目がみるみる見開かれ、ガクガクと震えた指が不敬にも王族へと向かう。

「あ、ああ――!」

 暗い室内に佇むレイシアの褐色の肌や真っ白な髪。その一つ一つをゆっくり認識していくように焦点を合わせたデリンは、それまでの静けさはなんだったのか急に恐ろしいものでも見たようなすごい悲鳴を上げて飛び退いた。

 逃げようにも壁に阻まれ、彼女は縋るように壁に手をかけて身体を丸めていた。

「ち、ちが! 殺すつもりなんてなかったんです! 本当にそんなつもりじゃなかったんです!」

 ごめんなさい、ごめんなさいと激しく首を振ったデリンはボロボロと恐怖の涙を流しながら主張した。

 それは罪から逃げるための言葉とも思えず、一同は顔を見合わせる。

 レイシアが近づくとデリンの泣き声がさらにひどくなるので、ナシアスがそっと近づいて彼女を落ち着ける。

「デリンどうか落ち着いて欲しい。私たちはここに君を糾弾しに来たのではなく、あのときなにが起きたのか知らせて欲しいだけなんだ」

 どうか話してくれないか。

 片膝をついたナシアスの柔らかな声に、デリンは泣き崩れた身体を持ち上げ、そしてしばらく経ってから小さく頷いた。



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