来店者の呼び鈴とともに、女性と店主の会話は打ち切られた。
またと親しげに別れを告げた女性が品物を手に店を出て行く。店主は商人特有のにこやかな顔でレイシアたちに声をかけた。
「いらっしゃいませ。服の仕立てをご希望ですか?」
「ああ。彼女に会うワンピースを頼みたいのだが……失礼。女性のスタッフはいないのだろうか」
なにぶん疎いものでな。レイシアがしおらしく、けれど無表情に不遜に言うと、店主は怒った様子もなく頷いて見せた。
「うちは私が主にお客様のご要望をお伺いしておりまして、姉は作業のほうを担っているんですよ。もちろん女性のお客様なら姉のほうで採寸から承ってますのでご安心ください」
「では、その姉君に助言をいただきながら進めさせてもらってもいいだろうか」
「ええもちろんです」
快く頷いた店主は一度奥に引っ込むとそう経たずに戻ってきた。姉のほうは少し遅れてくるらしい。
そのタイミングでカランと背後でドアベルが鳴り、残っていた客が出て行くのが分かった。
「ここはきみと姉の二人で全ての作業を?」
待ち時間の片手間とばかりにさりげなくレイシアが問いかける。ナシアスは付き添いの振りをして店内を見つつ、それとなくこちらの会話に耳を傾けていた。
「いえ、私には二人姉がいるんです。普段は三人で細々とやってますが、忙しいときには先代の両親も手伝ってくれてなんとかやってますよ」
「なるほど。それじゃあ今は姉君のどちらかが来てくれると言うことか」
「二番目の姉は仕入れに出てしまってるので、一番上の姉が……ああ、来たみたいです」
軽い足音に気づいた店主が振り返る。同じようにラナベルたちも眼をやると、店主と似た顔立ちの中年女性が顔を出した。
「すみませんお待たせしてしまって」
「いや。大して待ったわけでもない」
「今回はこちらのお嬢様のワンピースでよろしいですか?」
「ああ。彼女に合うものを作りたいのだが、女性の服には疎くてな」
なるほどと得心いった女性は上から下までラナベルをまじまじと観察する。どこかその瞳に輝きが増した気がすると、不意に顔を上げて揚々と語り出した。
「お嬢様の金髪なら濃い色も淡い単色も映えるでしょう。お色やシルエットのイメージはお考えですか?」
「出来るだけ露出の少なくて品のあるものがいいな。スカートの丈は長く軽やかなもので……出来ればコートも合わせ仕立てて欲しい」
「でしたらロングコートの下からスカートの裾が見えるように調整すると可愛らしい印象になります」
「そうしてもらおう。色だが……白か青がいいな」
聞いた女性はすぐさま自身の後ろの棚からいくつか生地を取り出すと、そばにあるカウンターの上に大きく広げた。
「真っ白も可愛らしいですが、冬の時期だとこういったベージュ風味の白や薄いグレーのものも温かみがあって人気です。青だとお嬢様の瞳に合わせた鮮やかな藍色から青空のような真っ青なものも目を惹いていいかもしれません」
カウンターを埋めつくように広げられた生地を前に、レイシアは顎に手を置いてじっくり見渡していく。その横顔が思いのほか真剣で、当初の目的を忘れてはいないかとラナベルは内心で心配になった。
だが、それが甲を成しているのか店主や女性がこちらを疑うような素振りは一切ない。ただの客の一人だと思ってるのだろう。
あれやこれやと意見を交わす二人を蚊帳の外で眺めていると、気を遣ったのか店主がそばに寄ってきた。
「失礼ですが、お二人はご夫婦でしょうか?」
「いえ、正式な婚姻はまだ……婚約は済ませているのですが」
「なるほど。彼はよほどあなたのことが大切なんですねえ」
あそこまで熱心なのも珍しいと微笑ましく語られ、なんて答えていいのか分からなくなる。結局、愛想笑いで躱した。
離れていたナシアスが、ふとラナベルの隣に並んだ。
白熱するレイシアと女性を横目に、
「ここはナイアーシュの祝福を受けていると聞いたのですが」
と店主に問いかける。
「ええ。光栄なことに我が祖先がナイアーシュ様に祝福をいただきまして……今もこうして恩恵にあずかっています」
「では、あなたも姉君も権能を?」
「はい。まあ、みんなそこまでたいそうなことは出来ませんけどね」
苦笑した店主はざっくりと説明をしてくれた。
店主自身は真っ直ぐに縫い付けが出来るという感覚の鋭さを。
今レイシアと談義を交わす長女は常人よりも二倍は早く針を使えるというし、二番目の姉は手先が一際器用で細やかな刺繍の才があるという。
そこまで聞き、ラナベルは内心で首を傾げた。たしかこの人たちは四人姉弟だったはずではないか?
店主の下には妹が一人いるはずだ。しかし、この店は三人で回しているというし、今も妹の話は一切出なかった。
どうやって聞き出そうかと考えているうちに、ナシアスは冷静に質問を重ねていく。
こういうとき、彼の穏やかで人好きのする柔らかさは警戒を持たれないので重宝される。疑いもせずに世間話の体で深堀されていく店主に、ラナベルはひっそりと恐ろしさも覚えた。
「実はここを知ったのは友人に勧められたからでして……弟が婚約者のための仕立屋を探していたので、私が教えてあげたんです」
男二人に女一人。いったいどんな組み合わせかと疑問には思っていたのだろう。
店主はこくこくと何度も頷きながら納得した様子だった。
「それはそれはありがたい。お気に召していただけるように尽力致します」
「期待しているよ。なんでも王宮からも仕事を卸してもらっているそうだね」
さらりと核心に入ったナシアスに、ラナベルの背筋も伸びる。離れたところにいるレイシアの耳も、ぴくりと反応して意識がこちらに向いているのが分かる。
店主はどうでるか。そう緊張するよりも早く、店主はぎょっとしたようにぶるぶると首を振った。
「滅相もない! そりゃ貴族の方も利用してくれますが、さすがに王宮から仕事をいただいたことはありませんよ」
もちろんそんなことがあったら夢のようだが、いったいどこで聞いたんです?
と、むしろこちらが問いかけられる。
思わず、ラナベルとナシアスは目を合わせた。