目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第68話


 邸に届いた手紙は二通。一つは神殿からのもので、もう一つは王宮――レイシアからのものだ。

 レイシアのほうはなんとなく予想がつく。きっとなにかしらの手がかりを見つけられたのだろう。だが、神殿からの手紙――正しくはシュティからのものは一体なんの用件なのかさっぱりだ。

 両手に持った手紙を視線で一巡し、ラナベルは先にシュティのほうを封を切る。

 格式張った挨拶文のあとに続いたのは、「神殿に戻ってきませんか」という誘いだった。

 きっとラナベルが祝福を失っていないと判明したからだろう。治癒力の保有者は多くはない。一人の一人の負担が大きい仕事なだけに一人でも増えれば万々歳だ。

 ラナベルの実績は十分すぎるほどにあるため、神殿は手を借りたいのだろう。

 そういったいわゆる「お願いごと」かと思ったのだが、率直な誘いの後に続くのはいかにしてラナベルの名誉や信頼が回復出来るかという長々としたアプローチだった。

 なんでもほかの高位神官たちは自分が説得するので、ラナベルは身一つできてくれればいいのだと熱弁されていた。

 彼女の主張では、そうすることで貴族やシュティを聖女などと呼ぶ不届き者もみな目が覚めるらしい。

 ちなみにこのような手紙を受け取るのは、もう片手の数を超えたところだ。

 慕われるのは純粋に嬉しい。だが、なぜこんなに慕われているのかが本当に分からない。

 微苦笑して少しの間うんうんと悩んでから返事をしたためる。

 ――アンセル大神官。私のことを憂いてくださるのは光栄ですが、誠に勝手ながら此度のお誘いはご遠慮させていただきます。

 出来るだけ簡潔に、そして権能は今もうまくコントロールできないという真実も添えて。

 本当なら力になりたいところだが、その「力」が使えないのだから仕方がない。

 権能を使って誰かを救うことは、ラナベルにとっての生きがいだった。痛みとともに湧き上がる高揚感が生きているという実感をもたらしてくれる。それはひどく懐かしく忘れがたい感覚ではあるが、致し方ないのだ。

 ここまでキッパリ断わり、なおかつ一番の要である権能が使えないとくればさすがのシュティも諦めるだろう。

 丁寧に封蝋を押してから、今度はレイシアの手紙を検める。

「ナイアラン……」

 呟きに、アメリーが反応した。

「もしかして六番通りの仕立屋ですか?」

「知っているの?」

 訊き返せばアメリーは頷いてつけ加えた。

「ええ。家族経営の規模の小さい仕立屋ですが、仕事が丁寧だからと貴族でも利用する人も多いんです」

 価格も良心的で、平民での利用者も多いという。

(六番通りということは中心部からは離れてるわね)

 王宮からは少し距離がある。王都の中でも人の少ないエリアなので、人の目にはつきにくいだろう。

 当時の入宮許可証を確認したレイシアいわく、その「ナイアラン」がミリアナの言っていた該当の仕立屋ではないかという話だ。

「ナイアラン……裁縫の神のナイアーシュからとったのかしら」

「多分そうだと思います。たしかあそこを経営している子爵家はナイアーシュの祝福を受けていたはずですから」

「利用したことはある?」

「噂を聞いて数年前に何度かお願いしたことがあります。評判通り丁寧に注文を訊いてくれますし、服の修繕も気軽に請け負ってくれるので近隣の人は重宝しているみたいです。私は行きつけにするには距離があるのでそれっきりすですが」

 王都の中心部であるここと外れの六番通り沿いならば、たしかに歩いて行くには距離がある。それにもっと近い目抜き通りには、さらに多様な店たちが並んでいるのだから、特別な理由がなければそちらを使うだろう。

「家族経営だと言っていたけれど、店主についてはなにか知ってる?」

「私が行った頃にちょうどご両親から代替わりしたばかりだと聞きました。お店にいたのは三十歳ほどの男性でしたね。彼が店主だと言っていましたよ」

 なんでも子どものなかで男は一人だけだというので、子爵家の跡取りとしての側面もあるのだろうと察する。

「ご兄弟は多いみたいですよ。当時の店主の話では姉と妹が複数いるようでしたので」

「そうなの……今なら三十半ばから後半当たりということかしら?」

「多分そのぐらいの頃合いかと」

 イシティアの事件は十一年前。ならば、店主は当時二十代でまだ若かったはず。

 王宮からの仕事なのだから店の責任者が向かった可能性は高いだろう。アメリーの来店時で代替わり直後となると、十一年前なら先代である父親だろうか。それとも跡取りとして現在の店主が向かったのか。

 いろいろと考えこんでみるが情報が少なすぎて絞り込めない。

 手紙では一度店に行ってみると続いており、進展があればまた連絡すると締めくくられていた。

 その一文をじっと見下ろしてから、ラナベルは自分も一緒に向かう旨をしたためてさっそく返事をだした。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?