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第61話


 軽やかな筆跡で綴られていたのは、こちらへの配慮に溢れた茶会への誘い文句だった。

 思わず王妃から招待を受けたときの衝撃を思い出す。

 まさかなにか裏があるのかとも思ったが、むしろ彼女からの言葉は温かく、友人を思うような優しさに溢れていた。

 たしかにミリアナはおっとりとしたナシアスによく似た穏やかな気質であったとは思うが、私的なやりとりをしたこともないラナベルにどうしてここまで友好的なのかと不審に思ってしまう。

 しかも、その茶会はあくまでラナベル個人へ向けたものであり、レイシアは連れずに一人で来て欲しいというのだ。

 勘ぐるなと言われるほうが難しいだろう。

 現に、話を聞いたアメリーも心配そうにしている。

「せめて殿下には話を通しておいてはいかがですか?」

 アメリーの提案に、ラナベルは少し考えてから同意を示した。

「そうね。知らせておきましょう」


 ◆ ◆ ◆


 お茶会の日時は王宮でのパーティーよりも早く、その日がミリアナとのちゃんとした初対面になる。

 彼女は嫁ぐ前に暮らしていた宮で生活しているらしく、王宮の中央からは少し外れた位置の棟に案内された。

 外で話すには肌寒いからと、温室に家具たちを運んだらしい。

 案内役を務める中年の女性は、ほがらかな笑顔でミリアナが今日を楽しみにしているのだと教えてくれた。

 光栄だと述べつつも、温室と聞くとどうしても王妃との茶会が頭を過り、ラナベルのなかの不安を煽る。

(いけないわ。先入観は捨てないと)

 よく考えればイシティアの事件の当時、ミリアナはまだ十に届いたぐらいだ。関与している可能性はないだろう。

 なによりナシアスの人柄を見ていれば、きっとミリアナも悪い人ではないと思える。

 王妃のときとは違うのだと、緊張で早くなる心臓をどうにか静めた。

 きっとここまで緊張しているのは、あの日とは違って一人だからだろう。王妃とのときはレイシアがいてくれたのだから。

(その殿下のためにも、少しでも情報を手に入れましょう)

 イーレアを亡くした彼に、果たして前のような仇捜しへの情熱があるかは分からない。だが、真実を明らかにすることは彼のなかでのいい区切りになってくれると願いたい。

「こちらになります。奥でミリアナ様がお待ちです」

 そう言って、女性は温室の入り口でぺこりと頭を下げてラナベルを見送った。

 内心では少しの緊張を残しつつも、ラナベルはしずしずと奥に進んでいく。

 すると、開けた空間に真っ白なテーブルと椅子が置かれ、ミリアナはそこで待っていた。

 ナシアスと同じ白金色の髪は緩やかなカーブを描いて長く伸びている。

 垂れ気味の目尻があどけなさを見せるが、落ち着いた雰囲気故に子どもらしいと言うよりは女性らしい嫋やかさを感じさせていた。

 パチリと瞬いた瞳が、ラナベルを認めるとさらりゆるく細まって垂れ下がる。

「いらっしゃい。急に呼びだしてしまってごめんなさいね」

 そう言って微笑む彼女に、よからぬ企てや裏があるとは思えない。

 残っていた緊張がゆるゆるととけていき、ラナベルも自然な笑顔で応えられた。

 と、出迎えようとしたミリアナが重たい動作で立ち上がるので、ラナベルは慌ててそれを制止する。

「どうかそのままで。ご懐妊のお話はお伺いしました。おめでとうございます」

「ありがとう。――ああ、座ってちょうだい。向こうでのお気に入りのお菓子もあるの。あなたにはぜひ食べて欲しいわ」

 ニコニコしながら紅茶や菓子を勧めるミリアナは、ラナベルの目には随分とご機嫌そうに見えた。

 どうしてここまで歓迎されるのかも分からず内心で戸惑っていると、それを見透かしたようにミリアナが言う。

「……急にこんなところに呼ばれてびっくりしたわよね?」

「驚きましたが、ミリアナ様からのご招待です。とても光栄です」

「そう言ってくれると助かるわ。どうしてもあなたに会いたくて手紙を送ったけれど、あとから困らせたかもしれないと気になっていたの」

「……失礼ですが、どうしてそこまで私を気にかけてくださるのでしょう」

 レイシアとの婚約の件かとも思ったが、それならば二人揃って招待したはずだ。まさか今さらになって公爵家の令嬢と繋がりを持ちたい、なんてこともないだろう。

 思わず訊いてしまったが、ミリアナに気分を害した様子はない。だが、答えづらいことなのか少し考えこんでしまった。

「こちらに来て、兄に会ったのだけれど」

「ナシアス様にですか?」

「ええ。意外と私たちって仲がいいのよ」

 ふふ、と微笑むミリアナは妙齢の女性と言うには悪戯で、もしかしたら兄ナシアスの前ではこんな感じなのだろうかと思わせた。

 上に兄弟をもつもの特有の少し幼い雰囲気に、どこかシエルを重ねてしまい親しみが湧く。

 しかし、それもミリアナの発言で一気に吹き飛んだ。

「兄がね、顔を合わせてそうそうに聞いてきたの。母は人を殺したのかって」

「っ! ……そ、それは」

 危なかった。紅茶を含んでいたらきっと失態を見せていただろう。

 思わずラナベルは言葉に詰まる。

 ナシアスというのはどこまでも実直で真っ直ぐなようだ。実の妹とはいえ、そこまで直球で問いかけることもないだろうに。

 だが、それもナシアスらしいなとつい微苦笑していると、そんなラナベルを見てミリアナは嬉しそうに笑みを深くした。

「あんまりに突然だったから私も驚いたの。兄は絶対に自分から人を疑うような人じゃないから」

 それで訪ねてみると、ナシアスから出てきたのがラナベルの名前だったと言う。

「ごめんなさいね。本当は最初は疑ったの。もしかして兄に近づきたい女性なのかなって……でも、レイシアの婚約者だって聞いて、ああって納得したわ」

 あれはイシティアのことを言っていたのよね?

 打って変わって、ミリアナは眉を八の字にした苦しそうな顔で微笑した。


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