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第49話


 豊穣祭からしばらく経ち、ようやくラナベルたちが神殿に向かう日が来た。

 神官服は全て真っ白で、神殿内も全て白が基調となっている。

 訪問者たちも、一部の例外を除いてマナーとして白をまとうものだ。

 例に倣い、ラナベルは真っ白なワンピースを。レイシアも白の礼服姿で向かうこととなった。

「お嬢さま、気をつけて行ってらっしゃいませ」

「アメリー留守の間はよろしくね」

 結婚式の際は参列者を招いて盛大に行うが、婚約の際は反対に当人たちのみの静粛な場とされているので、今日はアメリーは留守番だ。

 護衛であるグオンとダニアだけが二人に付き添う形となる。

「そういえば神殿で権能について訊きたいことがあるって言ってましたが、やはり失った治癒の権能について伺うのですか?」

 ラナベルとレイシアが乗った馬車に併走しながら、馬上からダニアが訊ねた。

 狩猟大会の時のシュティとの話で気になったのだろう。

 貴族の陰口を除き、ラナベルの権能についてわざわざ言及してくる者はいない。セインルージュの邸の中では、一種のタブーとすらされている。

 リリーたちだって訊いてきたことはない。きっとアメリーが事前に気をつけるよう言い含めているのだと思う。

 ダニアはまだ訊いていないか、それともさほど気にしていないのか。

 本人の様子を見るに、大した意味はないのだろう。深刻な雰囲気もなく、ふと思い出したから訊いたような顔だ。

「それも含めて訊いておきたいことがあるの」

「そうなんですね。あ、俺は権能がなくたってラナベル様にお仕えし続けますから! ご安心ください!」

「……ありがとう」

 権能がないことを気にしていると判断したのか、ダニアは励ますようにカラリと笑った。

(アメリーは本当に聞かなくてよかったのかしら……)

 狩猟大会の際、ダニアと同じようにアメリーだってシュティとの話を聞いたのだ。

 どういうことかと訊ねてくれてもいいのに、彼女は弁解するように告げようとしたラナベルの言葉を制止した。

 ――お嬢さまが、お嬢さまの思うように生きてください。私はただその後ろからついて行きます。

 そう微笑んだアメリーの姿を思い出し、ふとラナベルは遠くの景色に目を向けた。

「神が降りてきてくれるといいんだがな」

 ダニアとラナベルのやり取りを見ていたレイシアが不意に呟いた。ラナベルも少し心配な気持ちで頷く。

「アンセル神官にもずいぶんと言われましたからね」

 神託の間に行ったとしても、必ず神と対話ができるわけではない。

 事前に分かっていたことではあるが、こうして直前になるとどうしても期待する気持ちが抑えられない。

(インゴール様……どうかお言葉をお聞かせください)

 神殿へ向かう道中、ラナベルは心中でそっと祈った。


 ◆ ◆ ◆


「本日、この儀を持って両人への祝福と称します」

 ステンドグラスから差した煌びやかな光を背に、老齢の大神官が言葉を結ぶ。

 幾ばくかの沈黙ののち、さきほどまでの厳かな声音から一転した柔らかさでレイシアとラナベルに呼びかけた。

「レイシア殿下、ラナベル令嬢。これを持って本日の祝福の儀は終了となります。どうぞ、お二人の未来に祝福がありますように」

「感謝します」

「大神官様、ありがとうございました」

 顔を上げた二人が感謝の言葉を告げると、神官は髭の下でニコリと笑みを深くした。

「せっかく神殿を訪れたので、この機会に少し見て回ってもいいだろうか」

「ええ、ええ。もちろんです。――ああ、シュティ神官」

「はい」

 戸口で控えていたここまでの案内人でもあるシュティが答える。

「お二人に神殿の中をご案内してあげなさい。くれぐれも失礼のないように」

「分かりました。――殿下、ラナベル様どうぞこちらへ」

 微笑んだシュティは、たしかに聖女さながらな優雅さと優しさを兼ね備えていた。

 神殿に着いたときもわざわざ外まで出迎えてくれたのだが、狩猟大会の時との変わりように、レイシアは不気味なものを見るように引いた目をしていたほどだ。

 いっそ完璧すぎて嘘らしく思える微笑み顔のシュティに従ってしばらく歩くと、人通りがなくなったタイミングで不意に彼女が立ち止まる。

 素早く振り返った彼女の顔に、さっきまでの微笑はなかった。

「今から神託の間に向かいます。ちゃんと着いてきてくださいね」

 キッと睨むように二人を見上げてくる姿に、ついほっとしてしまったのはいけないことだろうか。


 神託の間は神殿内でも奥まったところにあった。

 真っ白な象牙の扉に金の装飾が誂えられた、一際豪勢で清廉とした雰囲気を持つ部屋だ。

 シュティはきょろきょろと周囲を見渡して人影がいないことを確認すると、扉に手をかけながら再び念押しした。

「いいですね? 必ず神が降りてきてくださるとは限りませんから」

「分かったから早く中に入れろ。人が来るだろ」

 散々聞いた言葉にうんざりした様子でレイシアが返すと、シュティはひくひくと片眉を震えさせながら二人を中へ促した。

「護衛の二人は扉の外で待ってなさい」

「でも、俺らがここに立ってたらラナベル様たちが中にいるってバレると思うけど」

「……入りなさい」

 ダニアの言葉に、シュティは渋々とばかりに二人も中へ招き入れた。


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