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第43話


「グオン卿! どういうことですか!」

 道を塞ぐ騎士の間からむりやり顔を出してラナベルは問いかけた。

 少し離れたところにいたアメリーやダニアも騒ぎに気づいて集まってくる。

「レイシア殿下が森の中で怪我を負い、今は神官の治療を受けています」

 彼がラナベルを呼んでいるのだと、グオンは落ち着かない様子で教えてくれた。

 きっと今すぐにでもそばに戻りたいのだろう。

 それなのにレイシアの望みだからとラナベルを探しに来てくれたのだ。

「マイサ王女殿下、申し訳ありませんがこれで失礼いたします」

「気にしないで。私もあとでお見舞いに行くと伝えておいて」

「ありがとうございます」

 笑って見送ってくれた彼女の優しさに感謝し、ラナベルはグオンに連れられてレイシアがいるという天幕に案内された。

「失礼いたします」

 グオンに続いて中に入る。天幕の広さには限りがあるので、アメリーとダニアは外で待機だ。

 レイシアは奥の簡易ベッドに横たわっていた。彼の様子を伺うように膝をついていた女性が、ラナベルたちに気づいて立ち上がった。

 金刺繍の入った白い神官服の女性は、まだ幼い少女然とした顔立ちとは裏腹に、どこか冷たくも見える物怖じしない雰囲気を纏っている。

 彼女の鮮やかな空色の瞳が、ラナベルを見た瞬間どこか強張るように見開かれた。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに感情の薄いむっつりとした口調で治療の終わりを告げた。

「傷自体は塞がりましたが、失った血を補うことは出来ませんし疲労はたまっているでしょう。しばらくは安静にしていてください」

「ありがとうございま――あ、」

 お礼を聞き終わる前にさっさと出て行った彼女の背中を、グオンは少し驚いたように見送っていた。

「ここに来てくださったときには聖女の名の通りにこやかな方だったんですが……どうしたんでしょうか」

「権能によっては随分と身体に負荷のかかるものもありますから、お疲れなのかもしれません」

 そう言って逸る気持ちでレイシアのそばに寄ると、気配で気がついたのかレイシアの瞼がゆっくりと持ち上がる。

 おぼろげな深紅の目がラナベルを認めると、そろりと腕が伸びてきた。

「レイシア殿下」

「ラナベル……?」

「はい」

 そっと手を握り返すと、覚束ない口調で「お前は無事か」と訊ねられた。

(まさか私のことを心配して……?)

 レイシアはたまたま近くにいた貴族に誤射されて腕に怪我をしたと聞いた。だが、その貴族の家門は王妃の縁戚だと言うのだから、なにか意図があったのは確かだろう。

 きっとレイシアもそう思ったから、婚約者の立場にあるラナベルにも危害がないか案じてくれたのだ。

 うつらうつらとしながらも身を案じてくれる姿に、ラナベルの胸がしめつけられた。

 息が詰まるような甘い感激がこみ上げてきて、手を握る力がつい強くなってしまう。

「大丈夫ですよ。私はマイサ王女殿下とご一緒でしたから」

「あいつと? ……なにか余計なことを言われなかったか?」

「いいえ。殿下のことを心配してました。あとでお見舞いに来るとも言ってましたよ」

 すると、ぐっと苦い顔になったレイシアは「追い払っておいてくれ」と言い残しとすやすやと寝てしまった。

 子どもみたいな寝顔に癒やされる一方で、シャツの袖に残る血痕に目がとまって胸が痛んだ。

「……誤射した方は今どこに?」

「現在は近衛騎士に連れて行かれ、事情を聞かれています。しかし、クロスボウの故障だとでも言うつもりでしょう。現に私に対してそのように言い訳していましたから」

 そのときのことを思い出しているのか、グオンの顔に相手への怒りや自身への後悔が浮き出た。

 話を聞いていたラナベルだって怒りを覚えた。

 今は綺麗に治っていても、一度は矢で肉をえぐられ、少なくはない出血をしたのだ。

 万が一のときは死んでいたかもしれない。いや、不慮の事故での死亡。それが本来の狙いだったのかもしれない。

(殿下が咄嗟に避けたのかしら……?)

 だからこの程度で済んだ?

 ふと疑問がよぎる。すると、タイミングを計ったかのようにグオンがそろそろと申し出た。

「てっきり暗殺かとも思ったんですが、伯爵は逆にこれを狙っていたのではないかと……」

 命ではなく、怪我をさせることが目的だったのではないか。伯爵の様子を見ていたグオンはそう思ったらしい。

 曰く、頭部などの致命的箇所を狙えたはずなのに、あえて外したようだったと――。

「でも、どうしてそんなことを……」

 ひどい話だが、もしレイシアが亡くなっていたら、死人に口無しである。しかも継承権もほとんどないような王子の死を、わざわざ大きく騒ぎ立てることはしないだろう。だが、当人であるレイシアが生きていれば違う。

 仮にも王族である彼が処罰を申し出れば、もちろん国王は応じるだろう。伯爵家などひとたまりもないはずだ。

(王妃の後ろ盾を期待したのかしら……)

 例えかばってもらえるとしても、わざわざ怪我だけで済ませる理由がない。

 ラナベルとグオンが揃って頭を唸らせていると、不意に天幕に誰かがやって来た。

 すかさず入り口を塞ぐように立ったグオンが相手を確認する。しかし、すぐにぎょっとした様子で敬礼をとった。

「ナシアス殿下、突然どうされたのでしょうか」

「いや、レイシアが怪我をしたと聞いて様子を見に来たんだ。……ああ、ラナベル嬢も来ていたんだな」

 ――きみもそう構えないで楽にしてくれ。

 グオンの大きな影から現れた男性――ナシアスは、天幕の影でも分かる目映い髪を揺らしながら微笑んだ。



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