目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第39話


 しばらくして戻ってきた店員と入れ違いでレイシアはドレスルームを出て行った。

 頬の熱はなかなか日叶ったけれど、ダニアの制服の件で店員から話を伺っているうちに自然と頭を切り替えられた。

 完成次第また知らせてくれるというので、一行は礼を言って店を出る。

「そういえば、ラナベル様はほかに騎士は雇い入れないですか?」

「ほかに?」

「はい。ラナベル様に俺一人がつくのはいいですけど、それとはべつに邸を守ってくれる常駐の者がいたほうが安全じゃないですか?」

 なんだったら俺の知り合いで信用できるやつを紹介も出来ます!

 ダニアからの提案に、ラナベルはそれとなくレイシアを伺った。

 視線に気づいたレイシアに難しい顔で小さく首を振られ、ラナベルは当たり障りのないように断わりを入れる。

「今は大丈夫よ。必要になったときにお願いするわ」

「はい! いつでも頼ってください!」

「それよりもダニアはほかにもいろいろと必要でしょう? 好きなお店を見てもいいのよ」

 制服は礼装も兼ねているので一番最初に用意したが、個人的に欲しいものだってあるだろう。

 気にせず好きに動いていいと言っても、「俺はラナベル様の護衛ですから」と遠慮されてしまう。

「自分はラナベル様のそばにいるのをずっと夢見てたんです! 離れている間になにかあったら悔やんでも悔やみきれません」

「そこまで心配しなくても大丈夫よ」

 堂々巡りに同じようなやり取りを何度か重ねる。すると、見かねたのか、やや不機嫌そうなレイシアがラナベルの腰をさらってダニアと引き離した。

「お前が満足に買い物を出来ないとラナベルがずっと気にするだろう。俺とグオンもそばにいるからなにも心配せずに行ってこい」

 それとも俺たちが信用できないかとレイシアに言われしまい、ダニアは慌てて首を振った。

「もちろんそんなことありません! ……じゃあ、お二人のお言葉に甘えて行ってきます」

「私が案内してあげるから。ほら、行きましょう」

 アメリーが案内を買って出てくれて、二人は通りの向こうへ消えていった。

 楽しそうに手を振るダニアが子犬のようにも見え、ラナベルはつい手を振り返して微笑む。

「あんな子どもみたいなやつに守れるのか?」

 不意に、苛立ちまじりの声が落ちた。

 見上げると、レイシアがもう見えないダニアの姿を追うように目を眇めている。

「男爵が剣の腕は保証すると言ってました。あんなに無邪気ですが、十九歳ですし成人も済ませていますから」

「……俺の一つ上か」

 呟いたレイシアは、ふとラナベルをじっと見下ろす。

「そういえばラナベルはいくつだ?」

「私ですか? 私は二十一ですよ。レイとは三つ違いですね」

「三つ……」

 表情がやや険しくなったと思うと、彼の腕が甘えるようにぎゅっと首に回って控えめに頭をすり寄せてきた。

 突然のスキンシップに驚いていると、ため息まじりの疑問が飛んでくる。

「どうしてあいつはあんなにお前を慕ってるんだ?」

「私も気になって訊いてみたんですが、なんでも子どもの頃に私の治癒を受けて助けられたと言っていました」

「それで家を捨ててお前の領地に?」

「そのようです」

 本当はセインルージュ家に騎士に志願したかったらしいが、騎士団が解体されていたため少しでも可能性がある領地のほうに向かったらしい。

 しかも当時のダニアは十四だ。成人前の子どもが家と縁を切るなんて大変なことだ。

 そこまでするほどのことかと思いつつも、ダニアがラナベルを見る目はいつだってキラキラしていて「どうして」などとは口に出せなかった。

「生家の調査報告がきたらすぐにあなたにも手紙を送りますから」

 だから心配しないでください。

 そんな言葉が自然と出た。これは偽装婚約で、レイシアはただ刺客ではないかと警戒してるだけなのに。

 内心で自分を諫めてみたけれど、肩口ではこくりと頷いてくれたので、全くの見当外れでもなかったようだ。


 ◆ ◆ ◆


 その日の夜。ダニアもアメリーも部屋に戻り、ラナベルが自室でくつろいでいるときのことだ。

 控えめに扉を叩く音がしたと思えば、アメリーが音を忍ばせてやって来た。

「……ソルベル家についての報告書がきました」

「ありがとう」

 先に中身を検めてくれたのだろう。書類の束を受け取ると、アメリーは少し曇った顔で切り出した。

「お嬢様。ダニアは生家とはすでにすっぱりと縁を切ったと言っていましたよね?」

「ええ。そのはずよ」

 頷くと、ますます戸惑いを強くしたアメリーがおずおずと言う。

「それが、ソルベル家の当主と夫人はどうやらダニアを探しているようなんです」




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?