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第22話


 王妃との茶会の日は、初夏らしい爽やかな陽差しが降り注ぎ、天候に恵まれていた。

 お昼過ぎに行われる茶会に向け、ラナベルは起きて早々にアメリーとともに姿見の前であれやこれやと衣装を取り替え始めた。

 そして最終的に、マーメイドタイプの白いアフタヌーンドレスに決めた。

 普段は瞳の色に合わせて青いドレスを纏うことが多いが、これからはレイシアと並ぶ機会が多いからと、まだに袖を通していなかった白いドレスをアメリーが仕立屋に持ち込んでアレンジしてくれた物だ。

 アメリーは本当なら一から仕立てたかったと言うが、時間がなかったので仕方がない。

 身体のラインに沿うようなマーメイドスカートは大人の女性の色気を思わせる。しかし、くるぶし丈のスカートは足元で段にフリルが織り込まれ、歩く度に揺れて可愛らしさも表現してくれていた。

 そして、レイシアの髪色に合わせたそのドレスは、ラナベルの金髪もよく映えさせた。

 サイドを編み込んだ髪を肩に流してうなじを見せれば大人っぽくまとめられるが、ドレスの愛らしさと相まって十八になったばかりのレイシアの隣を歩くにも目立ちすぎないだろう。

 パールのあしらわれた髪留めや首元の装飾品など、普段は使わないだけに鏡に映る自分の姿をみるとラナベルは言いようのない違和感を持ってしまう。

 しかし、客観的に見ると美しいのだと思う。なんせ仕上げた当人であるアメリーが感動で目を潤ませているほどなのだから。

「お嬢様、本当にお綺麗です……!」

 両手の指を組んで感激を示したアメリーの言葉に、補佐でついていたテトたちもキラキラした目で頷いている。ラナベルは大袈裟だと苦笑した。

「常々、お嬢様には白も似合うと思っていたんです! あ、もちろんお嬢様に似合わない色など存在しないのですが……!」

 珍しく早口で捲し立てるアメリーの様子に、長年の鬱憤を感じた。

 侍女にとって、主人の身支度をするのは華やかな仕事として人気だ。けれど、ラナベル相手じゃ楽しみもないし、アメリーは普段から雑用ばかり率先してやってくれている。

 こうしたいのをずっと堪えてきたのだろうと察したラナベルは、耳に痛いと思いつつ止めはしなかった。

「今度夜会に行くときは、フリルをふんだんに使ったドレスにしましょう!」

 意気込むアメリーに「ほどほどにね」と告げ、ラナベルは馬車へと乗り込んだ。


 ◆ ◆ ◆


 馬車が着くと、いつから待っていたのかグオンを連れたレイシアがすかさず馬車の戸口にやって来た。

 王宮の使用人が扉を開けると同時にレイシアはそっと手を差しだした。そして、きらびやかなラナベルの美しい姿を前にかすかに息をのんだ。

 ラナベルが手を預けて馬車から降りると、隣り合ったレイシアが「今まで着飾ってなかったのが惜しいと思えるほどだな」と囁く。

「派手過ぎではありませんか?」

「そんなことはない。むしろ王妃と会うんだからそれぐらい華やかにしてもらわないと困る」

 もっと装身具をつけてもいいぐらいだとレイシアは言った。

「レイシア殿下も今日は一段とお綺麗です」

「……ラナベル嬢に言われると喜んでいいのか迷うな」

 苦い顔で言うレイシアだが、本当にその姿は美しかった。

 白いシャツとスラックスに臙脂えんじの深い色合いのベストでスッキリとまとまっている。

 シャツやスラックスには金の刺繍が施されていてシンプルながら華やかだし、シャツの膨らんだ袖口がより優雅さを見せている。

 スラリとした長身が故に、ジャケットがなくても見栄えしていた。

 普段は派手な装身具をつけている印象はないが、今日は金の鎖がゆれるチェーンボタンや、シャツの襟元には赤い宝石のついたチェーンブローチがキラキラと輝いている。

 陽の透ける白髪を耳にかけているのも、大人っぽい印象を持たせていた。

 肩が触れ合うような距離でエスコートされながら王妃宮へ向かう。

 歩く度にすぐそばでチェーンの揺れる微かな音が耳をくすぐり、ラナベルを落ち着かせない心地にさせた。

「さすがにこのタイミングで仕掛けてくることはないと思う。だが、万が一があるから出されたお茶や焼き菓子は俺が先に手をつけてから口にしろ」

 道中、前を行く使用人に聞こえないような小さな声でさらりと言われてラナベルは驚いた。

「それでは殿下が危ないではないですか」

 思わず大きくなりかけた声を自制し、ラナベルは小声で窘める。

「もし万が一俺になにかあって死んだりすれば、そのときは巻き戻りの力を使ってくれ」

 それなら、最初からラナベルが口にしたほうが早いんじゃないか?

 思わずそう思った。

 だってそうすれば、有事の際はラナベルが死ねば自動的に巻き戻るのだ。

 わざわざレイシアが辛い思いをせずともよい。そう伝えようとしたところ、ちょうどよく王妃宮に到着してしまい、振り返った使用人の目もあって言えなくなってしまった。

 促されるまま王妃宮に入ると、待機していた年配の侍女が物腰柔らかな仕草で案内を買って出た。

 長い廊下を進んで中庭に出ると、その先には一面ガラス張りの温室があった。温室の中央は円形に開けていて、そこに丸テーブルや椅子が持ち込まれ、王妃は座って待っていた。

「いらっしゃい。急な招待だったけれど来てくれて嬉しいわ」

 ガラスの天井を通して差し込んだ陽差しが、一縷の乱れもなく綺麗にまとめあげられた彼女の金の髪へ落ちて輝かせる。

 国王の和やかな雰囲気とは対照的な、向かい合うと思わず背筋の伸びるような冷淡な印象のその女性は、表情の薄い瞳をわずかにゆるめて二人に歓迎の意を示した。


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