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第15話


 二人を見送って部屋に戻るやいなや、アメリーが勢いよくラナベルに詰め寄った。

「婚約とは一体どういうことなのですか!? どうして急にそんなことに?」

 なにも聞いていませんと嘆くアメリーを、ラナベルは慌てて宥める。

「黙っていてごめんなさい。殿下の意向もあるし、私から勝手に伝えることは出来なかったの」

「それは分かりますが……殿下とはいつからそのようなご関係だったのですか?」

 動揺しつつもじっと見つめてくる目は、ラナベルの反応を一瞬たりとも見逃さないという強い意志を感じる。急なことだし疑われるのは無理はないが、長年支えてきてくれた彼女に嘘をつくのは心苦しい。

 それでもラナベルはニッコリと笑顔を作ってから申し訳なさそうに眉を落とした。

「言えなくてごめんなさい。実はこの前の晩餐会で困ったときに助けてもらってね……どうやら私、一目惚れしてしまったようなの」

 そうしたら殿下も同じ気持ちだって言ってくれて……と、ほんの少しの真実を混ぜた嘘をそれらしく語っていく。

 今までのラナベルを知るアメリーからすれば、簡単には信じられないかなと不安に思った。しかし、アメリーはすっかり信じ込んでくれたようだ。

 安堵したのか、急に足から力が抜けて崩れ落ちた彼女にラナベルはひどく驚く。

 震えた両手が伸びてきて、恐る恐るとばかりにラナベルの手を握りしめた。

「よかったです……本当によかった! 愛し合える方が出来ただなんて……本当に!」

 いつだって毅然とした態度で見守ってくれているアメリーが、顔をぐちゃぐちゃにしてわんわん泣き出した。腰が抜けるほど安堵して喜ぶ彼女を前に、思わずラナベルの鼻の奥もツンとした。

 こんなにアメリーが取り乱した姿を見るのは十二年ぶりのことだ。その当時アメリーは二十一歳で、ラナベルはほんの九つだった。

 ――お嬢様、申し訳ありません!

 そのときのアメリーの泣き叫ぶ声が、今も鮮明に耳に蘇る。

 泣き崩れる彼女を宥めたくても、小さな身体では抱きしめてあげることすら出来ず、当時のラナベルは縋り付くように腕を回していた。

「……今まで心配かけてごめんね、アメリー」

 ――そして、嘘をついたりしてごめん。

 胸の中でだけつけ加えたラナベルは、そっとアメリーを抱きしめる。回した腕には余裕があって、そのことが嬉しいような淋しいような判然としない気持ちでアメリーの背中を撫でていた。


 ◆ ◆ ◆


 次にレイシアがやってきたのは翌週のことだった。

 普段よりもいくらか仏頂面なレイシアと、反対にニコニコとご機嫌なグオンの両極端な様子に、出迎えたラナベルは首を捻った。

「グオン卿となにかあったのですか?」

 応接室で二人になってから訊いてみると、レイシアは苦虫を噛んだように顔を歪めた。聞いてはいけなかったかと思ったが、さきほどのグオンの様子を見るに悪いことではない気がした。

 ソファで向かい合って返答を待っていると、しばらくの沈黙の後に観念したレイシアがぽつりと言う。

「ラナベル嬢に言われて話をしてみた」

「グオン卿とですか?」

「ああ」

 頷く姿はムスッとしているが、どこか肩の荷が下りたようにも感じる。

「今回の婚約についても訳があってすることだと伝えてるが、詳細なことは言っていない」

 だから話をするときは気をつけろ、と牽制をこめた眼差しで言われて咄嗟に頷いたが、ゆっくり噛みしめてみてじわじわと喜びを実感する。

(ああ……本当にちゃんと話が出来たんですね)

 いつにも増して険しい顔なのは気恥ずかしさがあるからなのだ。

 自分のことのように嬉しくて微笑んでしまうラナベルに、居心地悪そうにしていたレイシアはふと一枚の書類を取り出した。

「念のため、トラゴースの祝福を受けた者に作成を依頼しておいた」

 今回の契約書だと言われたそれには、レイシアとラナベルが結ぶ婚約における双方の取引が細かく記載されていた。

 トラゴースとは契約の神のことで、その祝福を受けた家門の人間が作った誓約書に判を押した場合、一部の例外を除いてその誓約を破ることは出来ない。

 作成者が書類の作成のために得た情報を第三者に話すことも不可能となるので、情報が漏洩する心配もない。

「わざわざ作ってくださったんですね」

「当たり前だ。口約束だけじゃ信用に足りないだろう」

「それはそうですが……」

 私はこんなものなくても約束を違える気はないのに……と思ったが、それはレイシアから見れば脆く不安定なものだろう。

 破る気もないのだからサインしたところで問題もない。

 一応とばかりに、ラナベルは文面を流し見た。

 ラナベルはレイシアの仇捜しのためにその能力を使用する。レイシアはその代わりに神託の間への入室を叶える。

 その過程で二人は婚約を結び、形式上は愛し合っているふりをすること。――ざっくりまとめるとそんなところだ。

 とりあえず神託の間への言及がされていたのでそれで満足してサインしようとしたところ、不意にレイシアが訊ねた。

「どうしてこんな計画に乗る気になったんだ?」

 静かな問いに顔を上げる。すると、前屈みに座ったレイシアが観察するようにじっとラナベルを見つめていた。


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