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第13話

 婚約すると宣言したものの、当人同士の意思確認だけで成立できるものではない。

 貴族であるラナベルはもちろんだが、王族であるレイシアは国王からの承認が必要不可欠となる。

「陛下たちに挨拶に伺うと同時に巻き戻りの権能についてお話をされるおつもりですか?」

「ああ。どうせなら一度に済ませたほうが衝撃も大きいし、相手を揺さぶることも出来るだろう」

 引き続き応接室で向かい合う二人は、今後の詳細な流れを話し合っていた。

「では、なにか有益な情報を得てから巻き戻り、すぐに陛下に挨拶に向かうということで」

 その情報の取捨選択も大事だけれど、ラナベルはそれよりもさらに大事なことに思い至っておずおずと切り出した。

「殿下……お言葉ですが、本来婚約とは愛し合った者がするものです。陛下たちにはなんてご説明されるおつもりですか?」

「貴族の婚姻なのに愛がいるのか?」

「たしかに貴族間での婚姻の多くが家同士の結びつきのために行われます。そして、今回の婚約に関してもなにも言わなければ私とレイシア殿下の間でなんらかの取引があると勘ぐられるでしょう」

 レイシアの言うように、この作戦は復讐相手を揺さぶるにはちょうどよいものだろう。だが、レイシアの意向によっては建前が必要になってくるはずだ。それをハッキリさせておかなくてはならない。

 緊張からこくりと喉を鳴らしたラナベルは、覚悟を決めて訊ねる。

「殿下は、復讐の果てに自身が王位に就くことをお望みですか?」

「俺が王位に……?」

「殿下の言うように、捜している相手が王太子や王妃陛下の派閥である可能性は極めて高いと思います。万が一犯人がナシアス殿下だったとして、レイシア殿下は彼にそのまま王位を継がせるつもりですか? 見つけて、その後はどうなさるおつもりですか?」

 命を奪われたイシティアのように、自分の手で相手の命を奪うことを望むのなら、レイシアの行動は国家にとっての反逆となる可能性もある。

 思いも寄らぬことを聞かれたと目をしばたたく様子から、彼が王位を狙っているわけではないと分かる。

 だが、具体的なことはなにも答えられず、レイシアは当惑しておろおろするばかりだった。

 のない子どものような態度に、思わずラナベルも困惑を強くした。さっきまでその赤い瞳に燃えるような憎しみを浮かべていた姿が嘘のようだ。

 これじゃあまるで――。

「見つけることが目的のよう……」

 つい零れたラナベルの言葉に、レイシアはハッとなって見つめ返してきた。やがて覇気のない声で「……そうだ」と肯定した。

「兄上を殺した相手が憎いと思って生きてきた。復讐してやると何度も誓った……見つけてやると。必ず見つけてやると、そう思って生きてきたのに……」

 迷路に迷い込んだような不安と困惑の混ざる表情でレイシアは独りごちた。

「見つけたあと、俺はどうしたいんだ……」

 それっきりうんともすんとも言わなくなってしまった。横たわる重い沈黙を破るため、ラナベルは努めて声のトーンをあげた。

「その後のことはいつでも考えられますから。今はこれからの流れを決めてしまいましょう」

 ひとまず王位に就く気はないのですよね? と、答えを引き出すような優しい声で伺えば、レイシアはこくりと頷いた。その顔色はどこか浮かばれず、さっきの衝撃が抜けていないのが分かる。

「それならほかの貴族や大衆向けに、この婚約に他意はないことを示した方がいいでしょう……確認ですが、イシティア殿下はなにも王位を狙っていたわけではないんですよね?」

「もちろんだ……優秀だった故に周囲から持ち上げられることはあったが、兄上は常々王位に興味はないと言っていた」

 王位を継ぐ気のなかったイシティアが殺されたというのなら、レイシアが興味がないとアピールしたところで相手が巻き戻りの権能を所持していると思っている限り、犯人は焦ってくれるはずだ。

「他意はないと宣言でもするのか?」

 否が応でも勘ぐられるのにそんな必要があるか? と思っているのがありありと分かる顔に、ラナベルは微苦笑する。

「裏を読まれるのは仕方がありません。ただ、大々的に知らしめておくことが大事なんです。それがあったほうが余計な詮索や争いは避けられますから」

「この婚約に政治的意味はなく、あくまで愛し合っているからと印象付けるんだな」

「はい」

 本当はレイシアの今後を思えば神から見放された者ラナベルとの愛を理由にはしたくない。けれど、今回は政治的背景があると思われる方がデメリットだ。

 この件が無事に終息を迎えて婚約が必要なくなったあと。レイシアに本当に愛する相手が出来たときは――。

(そのときは丁寧に誤解を解けばいいわ)

 王位を望むわけじゃないのなら、愛する相手からの誤解さえ解ければ問題ないだろう。

「私たち以外にこの婚約について事情を知る人はいますか? 殿下の協力者や護衛の方は……?」

「協力者はいない。護衛も……グオンに話すつもりはない」

 護衛の話になった途端に険しい顔で言ったレイシアを、ラナベルはついまじまじと観察した。

 先日も思ったが、レイシアがここまで露骨に嫌悪感を丸出しにするのは珍しい。

 たしかにナシアスのようににこやかな人好きのするタイプではない。しかし、無愛想ではあるものの誰彼構わず不快さを前面に出したりもしない。

 見たところ護衛はグオン一人のようだし、むしろ信頼を持っていてもおかしくはないはずだ。

「……グオン卿との付き合いは長いのですか?」

「兄上が亡くなったとき、母が俺の護衛が欲しいと国王に泣いて頼んだ。俺まで失いたくないと」

 そうしてやって来たのが、見習いを終えたばかりのグオンだったという。

「騎士に任命されたばかりの新米で、大した実績もないしがない子爵家の次男一人だけ……俺を守る気はさらさらないと言わんばかりの人選に、母はもっと泣いて暮らすようになった」

 なるほど。イーレアからすれば、頼りにしたはずの夫から裏切られたような気持ちだっただろう。

(イーレア様は、異国を訪れた陛下が見初めて平民にもかかわらず連れ帰ってきて側妃にしたはず……そこまで愛した相手の願いを、どうして無下にしたのかしら……)

 母が悲しむ姿を前にレイシアはどう思っただろう。父から見捨てられたような状況に、どう感じただろう。

 ふとラナベルは、レイシアが国王陛下のことをずっと「国王」と他人行儀な冷めた呼び方をしていることに気づき、ますます憐れみが深まった。

「グオン卿のことが信じられないのは陛下が任命した人物だからですか?」

 第三王子の死を隠すことが出来る人物など、この国では一人しかいない。兄の死を嘘で塗り固めた男であり、母の期待を裏切った男が寄越した護衛。

 こうして並べてみればレイシアが警戒するのもよく分かる。現に、レイシアはラナベルの問いに深く頷いて答えた。

「国王が寄越した護衛を信用は出来ない」

 やっぱりと思うと同時に、それならどうして……と疑問にも思う。

 国王に繋がっているかもしれない人物を、追い出すこともせずにそばに置いているのだろう。

 命令だからそばに置かなくてはならないとしても、ああも露骨な態度をとる理由がない。むしろレイシアが不利になるだけだろう。

 表面上だけでも友好的に接した方が良いはずだ。

 それぐらいはレイシアだって分かっているはずなのに……。

 どこまで踏み込んでいいか分からずに躊躇しているうちに、昼を告げる鐘が遠くで聞こえてきた。

 ラナベルは昼食でもどうかと形式上誘ったが、レイシアは考える素振りもなく断わった。

 隣室で待機しているグオンのもとに揃って向かうと、そこには彼の相手をしてくれていたのかアメリーの姿もあった。

 レイシアを見るなり立ち上がってそばにつこうとしたグオンだったが、それを拒否するようにレイシアが言い放つ。

「俺たちは婚約する。定期的にここを訪れるから詮索はするな」

 あまりに突然の宣言に、グオンはもちろんアメリーやラナベルの驚愕の視線がレイシアに集まった。



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