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第12話


 レイシアの訪問から数日が経ったある日、アメリーが見覚えのない封筒を手に執務室を訪れた。

「お嬢様にお手紙がきております」

「私に……?」

 見たところ、領地からの報告でもなければ、王宮からの招待状でもない。セインルージュ家に来る手紙と言えばその二つだが、アメリーが持ち込んだのは見覚えのないシンプルなクリーム色の手紙だった。

 すかさず中身をあらためれば、書かれていた著名にラナベルは驚いてアメリーを呼んだ。

「アメリー、二日後にレイシア殿下がいらっしゃるから準備をしてくれる?」

「明後日ですか?」

「ええ。公式的な訪問ではないからあまり大袈裟にしすぎず……かといって、この前のようなことはないようにしてちょうだい」

 あれから、リリーたちには来客時の対応を一通り教えたものの、さすがに最初から殿下相手に実戦では可哀想だろう。

 ひとまずはアメリーに対応してもらい、それを補佐する形で実際に目で見て雰囲気を感じてもらおう。

 アメリーもその意見に賛成のようで、すぐにほかの者にも伝えてくると部屋を出て行った。

 一人になった執務室で、ラナベルは再び手紙に目を落とす。

 レイシアからの先触れは、簡単な時候の挨拶から始まったと思えば、すぐに本題となる訪問日時が簡潔に記されていた。

 ――の日に伺いたく思うがどうだろうか。

 訪ねるような口調だが、二日後では返事が行き着く前にレイシアが来てしまうだろう。

「届くまでの時間を計算に入れなかったのかしら」

 それとも計算して上でなのだろうか。どちらにしろ、こうして手紙を出すことに慣れていないが故のミスだ。

 そう思うと、慣れないなかでラナベルの教えたとおりに素直に先触れを出したレイシアが、健気で微笑ましく思えた。

 一方で、出来るだけ最短で話をつけたいという彼の必死さが見える。絶対に仇を見つけると言ってのけたほの昏い強い眼差しを思い出し、ラナベルは苦しくも思った。

 念のためと返事を書いてアメリーに頼んだものの、二日後に訪れたレイシアが「今日は大丈夫だろうか?」とおずおずと訊くものだから、出迎えたラナベルはやっぱり届かなかったかと苦笑する。

「返事を書いたのですが、間に合わなかったみたいです。申し訳ありません」

「いや、俺が余裕のない日程を伝えてしまったせいだろう……すまない」

「大丈夫です。事前に教えていただけただけでも十分ですから」

 それに、今日はちゃんと護衛も連れてきてくれたようでなによりだ。

 レイシアの背後で静かに佇むグオンをチラリと認め、ラナベルは内心で満足げに頷く。人の意見を柔軟に聞き入れるところに、好感を感じた。

「今日は私がご案内いたします。グオン卿は――」

 やはり話すなら二人きりのほうが良いだろうか。

 それとなくレイシアに目配せした。すると、意図を汲んだ彼が頷いたので、ラナベルは「グオン卿は隣のお部屋でお待ちください」と笑って言い終えた。

 グオンもレイシアの近くにいられれば不満はないのか、「かしこまりました」と素直に従った。


 ◆ ◆ ◆


「ラナベル嬢の出した条件について、王宮内でいくつか資料を読み込んでみた」

 応接室に案内するやいなや、レイシアは本題に入った。

「結論から言えば、王族でなくても神託の間に入った人物は少ないながらも存在するみたいだ」

「では、不可能ではないと?」

「ああ。けれど、王家となんの関係もない人間を入れることは出来ない。セインルージュ家に降嫁した王族がいるとしても、もう何代も前のことだろう?」

 以前見た家系図を思い返し、ラナベルは頷いて答えた。

「縁も薄くなった今、よほどの重要性がなければ入室は認められないだろう。本当は巻き戻りのことを話せばすぐにでも許可は下りるだろうが、それをラナベル嬢のものと公表するのは困る」

 ということは、やはり結論は難しいということだろうか。

 そうなると信用を持ってもらうためにほかの条件を提示しないといけない。

 無難なものはなんだろう、とラナベルが悩み始めたところで、不意にレイシアが生真面目な顔をする。そして、間髪入れずに「婚約しよう」と申し出た。

 ラナベルは耳を疑った。呆気にとられ、まじまじとレイシアを見つめ返す。

「王族でないなら、婚姻を結んで親族になればいい。ほとんどの場合は正式な結婚後にだったが、一人だけ婚約関係の状態でも神託の間に入った女性がいる」

 ――だから不可能ではないはずだ。

 驚くラナベルを置いて、レイシアは平然と続ける。遅れて我に返ったラナベルは、慌てて止めに入った。

「殿下、そこまでお考えくださったのは光栄です。けれど、ご自身の今後もよく考えてくださいませ」

 一度婚約を結べば、事が済んだからといって簡単に破棄できるものではない。王族と高位貴族であるならなおさらだ。

 もしなんの問題もなく婚約関係を帳消しに出来たとしても、その後、レイシアが添い遂げたい方を見つけたとき、ラナベルとの過去は足枷になるだろう。

 女性との婚姻が上手くいかなかった――それだけでも汚点なのに、その相手が貴族から忌み嫌われる「神から見放された者」であれば、ひどい場合はレイシアの人格を疑う者も出てくるはずだ。

 さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない。

 なんとか思いとどまってもらおうと、レイシアの今後をおもんばかったラナベルは言葉を尽くした。

 しかし、レイシアはそんなものには一切興味がないとばかりに「大丈夫だ」の一言で切り捨ててしまう。

「俺もその力の詳細については知りたいと思っている。なにより、ナシアスを始めとした王子たちはまだ誰も結婚していない。今までなんの力もなかった末の王子が強力な権能とともに公爵家の後ろ盾を得たとなれば、余計に犯人を刺激できるはずだ」

 つらつらともっともらしいことを言われて、咄嗟にラナベルは言葉が詰まった。

 レイシアの口ぶりが、条件のためだけじゃないから気にするなと言っているように聞こえたのも、反論の口を重くした理由の一つかもしれない。

(でも、今のセインルージュ家じゃ大した後ろ盾にはなれないと思うけれど……)

「……本当に私と婚約するつもりなんですか?」

「ああ。それが兄上の仇を見つけるために必要なら喜んでする。俺にはラナベル嬢の権能や身分が必要なんだ」

 ――だから婚約してくれ。

 切実に並べられた言葉だけを見れば、今の状況は数多の令嬢が夢見る光景だろう。しかし、真っ直ぐに見つめてくるレイシアの真っ赤な瞳には、怒りによる昏い光がギラギラと揺らめいていた。

 その気迫に気後れすると同時に、ラナベルはレイシアへの心配と憐れみを強くする。

(殿下が添い遂げたい方を見つけたときには、私が丁寧に誤解を解けばいいのよね……)

 なにより、ラナベルはもうこの方を助けると心に決めたのだ。

 深呼吸のうちに決意を固め、ラナベルはしっかりと頷いて答えた。

「分かりました。レイシア殿下と婚約いたします」

 こうして甘さの欠片もないレイシアからのプロポーズにより、ラナベルたちは婚約する運びとなった。




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