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第11話


「殿下にご協力いたします」

 しっかりとしたラナベルの返答に、レイシアは表情の薄いなかでも安堵したのが分かった。

「本当か?」

「はい。ただ、私からもお願いがあります」

 言うと、レイシアは当然だなとばかりに頷いて、「で、条件とはなんだ?」と先を促した。

「私自身、この力について知ることはほとんどありません。知りたいと……理解したいとずっと前から思っていました」

 ものうれい気にラナベルは自身の手のひらの傷跡を見下ろす。そして、そっと握りこぶしを作ってからレイシアを真っ直ぐに見た。

「殿下の権限で、神託しんたくに入らせていただきたいのです」

「神託の間か……」

 途端、顎に手を置いて考え込むレイシアに、ラナベルは悩むのも当然だと静かに答えを待った。

 神からの祝福で生きるこの世界では、当然のように神を敬い慕う文化が根強く存在する。

 とくに信心深い者は、身も心も捧げて神の信徒となり、その信徒の集まりが神殿の組織となっている。

 神託の間とは、首都の大神殿にある一つの部屋のことである。

 神託という名の通り、神からの言葉を聞くことのできる場所で、そこでなら直接神にラナベルの力を訊ねることが出来ると思ったのだ。

(でも、神託の間には王家の者しか入室が許されていないのよね)

 レイシアもそれが障害となって答えにきゅうしているのだろう。

(本当は条件なんてなくても協力してさしあげたいのだけれど……)

 仮に神託の間に入ることが出来たとしても、神との交信が叶うことは非常に稀だという。

 最初から、ほとんどないに等しい希望なのだ。

 それでもラナベルが条件として提示したのは、ひとえにレイシアが安心できると思ったからだ。

 無条件に協力を申し出る人間など、疑わしくて仕方がないだろう。

 レイシアが普段から刺々しい雰囲気と固い表情で周囲を見ているのは、きっと兄イシティアが何者かに殺害されたからだ。

 それを察してしまった今、自分の前でくらいは肩肘張らずにいて欲しいという、ラナベルの勝手な願いだった。

 適当に話を合わせて頷けばいいのに、レイシアは真面目にラナベルに向き合っている。

 こうも悩ませてしまうと、申し訳ない気持ちになった。

 別の条件にしようかとラナベルが思い直した頃、控えめなノックとともにアメリーがやって来た。

「お話中に申し訳ありません。レイシア殿下のお客様だという方が来られているのですが……」

「俺の?」

「はい。騎士のグオン卿がいらしています」

 聞いた途端、レイシアの顔が苦々しく歪んだ。

 そんなふうに露骨に反応を示す相手とは誰だろう。ラナベルが内心首を捻ったとき、その人はアメリーの背後から現れた。

「レイシア殿下! お一人で外に出られては困ります!」

 アメリーは女性の中でもスラリとした長身で、ラナベルと同じぐらいの背丈だ。その彼女よりも頭一個分以上は大きい男性だ。

 大柄な身体から出た心地よい低音は、焦りのせいで思いのほか大きく部屋にこだました。

 途端、レイシアの顔がさらに険しくなった。それは嫌悪すら感じさせそうなもので、ラナベルは思わず驚く。

「グオン卿! お待ちくださいとお願いしたはずです!」

「申し訳ありません。一刻も早く殿下の無事を確認したかったため無作法をいたしました!」

 騎士然とした逞しい身体を前にしても怯まずに声を上げたアメリーだったが、真摯に頭を下げて謝罪されるとつい言い淀んだ。

 目が合ったラナベルにも同じように深く頭を下げたので、ラナベルは苦笑して「大丈夫よ」とアメリーを下がらせた。

 それにしても、とラナベルは思う。

 まさかレイシアが一人でここまで来たとは思わなかった。護衛がいないとは思ったが、ラナベルの巻き戻りの件もあり、てっきり別室で待機させているのだと思っていた。

 ラナベルから許可が出ると、グオンはレイシアの傍らに立ち、言い聞かせるように「一人で行かないでください」と重ねた。

「俺がどこへ行こうが俺の勝手だろう」

「もちろんです。いつも言っておりますが、これは殿下の行動を制限するわけではありません。ただ、お一人で行かないで欲しいだけです」

 グオンが丁寧に言葉を重ねる一方で、レイシアの表情はどんどん険悪になっていく。

「俺はお前のことを信用していない。護衛を許しているのだって、国王の命令だから仕方なくそばに置いているだけだ」

 必要以上に近寄るな。と、レイシアは鋭く細めた瞳で一喝した。

 ここまでレイシアが明確に敵意を剥き出しにするのは、きっと理由があるのだろう。そう理解しつつも、レイシアの言葉で刹那の痛みと淋しさを見せたグオンを見てしまうと、ラナベルはどうにも居たたまれなかった。

「殿下、今日のところはもうお帰りください。後日また時間を取りましょう」

 咄嗟に反論を挙げかけたレイシアだったが、グオンが来た今、これ以上二人で話すことは難しいと思い直したようで、すぐに頷いて受け入れた。

 部屋を出る直前、それと――とラナベルは言い置いた。

「レイシア殿下はこのトリヴァンデス国の王族であり、大事な王子殿下です。御身のためにもお一人での外出はいけません。また、女性の元を一人で訪ねることもだめです。妙齢の男女で二人きりとなると、あらぬ疑いをもたれることもありますから。……他の者からどう見えるのか、よく考えてください。それがあなたの身を守ることにも繋がります」

 初めはグオンへのフォローのつもりだったが、話し出すとつい熱が入ってしまった。

 子どもにするように少し砕けた口調で懇々と言い切ったラナベルは、ハッと我に返った。

 きょとんとした様子のレイシアとグオンを前に、内心で激しい後悔と羞恥を覚える。

「差し出がましいことを申しました」

 震えた声で頭を下げるラナベルを、レイシアは驚きと、そしてほんの少し郷愁を混ぜた切ない眼差しで追いかけた。

「母上のようなことを言うのだな……」

 あどけない子どものような心細い声に、ラナベルは弾かれたように頭を上げた。しかし、「また改める」とレイシアが早足で部屋を出てしまったため、その表情を窺うことは叶わなかった。

 言ったそばから置いて行かれたグオンが、信じがたいものを見るような目でレイシアの背中を追いかけていく。

 そんな彼を、ラナベルは内心で首を捻りながら見送った。


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