さっきまでの年相応な幼さは鳴りを潜め、じっと獲物を狙うようなレイシアの鋭い眼差しがラナベルに向けられる。
ギラリとした鋭い眼光に、ラナベルも身を引き締めて答えた。
「はい。私が死ぬと時が巻き戻るようです。戻る時間に規則性はなく、短くて半日ほど……長くても三日でございます」
「お前の死がきっかけとなっているのか?」
「はい。そのようです」
「あの晩餐会の日だけでも何度か巻き戻ったが……まさかそれだけ命を狙われているのか?」
困惑と、驚き……そして少しの気遣いが見えた瞳で言われ、ラナベルは改めて実感した。
(そっか……普通は自分で死を選んだなんて思わないわよね)
「あの時は見苦しいところをお見せしました。私のような者の命をわざわざ狙う者などいません」
そして――と、ラナベルは自分の中の
「あれは、自分で首を切ったのです」
「……自ら死を選んだというのか?」
なぜ? という疑問が、深紅の瞳にありありと浮かんでいた。表情は固く乏しいが、瞳は随分と雄弁なのだなと、ラナベルは場違いなことを思う。
「……生きていれば、生きることが辛くなることもあります。なにより死に続けていれば、いつか変えたい過去に辿り着けるのではと、そんなことを思ってしまうのです」
言葉にしながら、改めて他人には――それこそ豊かな生活を送る貴族や王族相手には届かない言葉だろうと他人事のように思った。
けれどレイシアは、まるでラナベルの言葉をしみじみと受け入れるように口を閉ざした。そして、長い沈黙の後についとばかりに零した。
「……長くても三日と言っていたが、それ以上戻ることはないのか?」
「今まで何度も繰り返しましたが、それ以上戻れたことはありません」
「そうか」
頷く声には深い落胆が滲んでいた。
痛ましげな雰囲気を感じさせるレイシアに、もしかしてこの方も変えたい過去があるのだろうかとラナベルは思い至る。
ふと、幼いころに亡くなったという第三王子のイシティアが頭に浮かんだ。
(もしかしたら、お兄様を救いたかったのかしら)
もしかしたら、あれだけ必死にラナベルを追いかけて引き止めたのは、兄を救うための希望を見つけたと思っていたのかもしれない。
そう考えると、余計に悪いことをした気分になる。
罪悪感を覚えるラナベルとは打って変わり、レイシアはすぐに元の顔色に戻ると淡々と質問を重ねた。
「セインルージュ公爵家の祝福は、血の神インゴールによるものだと記憶しているが……」
「我が公爵家には長い歴史の中で王女殿下が降嫁されたこともあります。もしかしたら、その血脈に由来するのかもしれません」
「だが、王家であるヴァンフランジェでも、時間に直接作用するような権能は聞いたことがない……なにか心当たりはあるか?」
「いいえ。私自身、なぜこの力が使えるのか……またどうして私なのか、検討もつきません」
その答えを一番に欲しているのはラナベルだ。
首を振ったラナベルに、レイシアは顎に手を当てて難しい顔をした。考えるように数秒唸った後、これが一番大事だとばかりに訊ねる。
「改めて訊くが、本当にこの力のことを知る者はいないんだな?」
「誓って私だけでございます。ほかの人々は時間が巻き戻ったことには気づけないようです。そんななか、私がこの力を公言しても信じてはもらえないでしょう」
そして、今度はラナベルが訊ねた。
「レイシア殿下は、あの晩餐会の日に初めて巻き戻りに気づいたのですか?」
「ああ。倒れたラナベル嬢を抱き起こしたはずなのに、自室に……しかもその日の昼間に戻っていた」
聞いたラナベルも伏し目がちに思案する。
なぜ、急にレイシアが巻き戻りを認知できるようになったのだろう。
考えたところで明確な答えはでない。しかし、レイシアはクーロシアの祝福を継ぐ一族だ。
その祝福がなにかしらの理由で作用しているのかもしれない。
考え込む二人に訪れた沈黙を、不意にレイシアが破った。
「実はラナベル嬢に頼みたいことがある」
さっきまで臆さず話していたレイシアの気配が、ふと張り詰めた。
その緊張が移ったようにラナベルも自然と居住まいを正す。
「私に出来ることでしたら、殿下のお役に立ちたく思います」
「では、その巻き戻りの力を俺の権能として公表させて欲しい。そして、力の証明として未来からの情報を持ち帰りたい」
俺のために一度だけ死んではくれないか。そう言って、レイシアは真摯な目でラナベルを突き刺した。