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懺悔室

<ベロニカside>


 勝利は晩のうちに教団直営の病院に入院させ、翌朝に脳を始めとする検査を受けさせた。その後、勝利と私は診察室で主治医からの説明を受けることになった。

「体の方は問題ありませんが、脳に若干の損傷が認められました。中には古いもの、回復しかけのものまで。とにかく勝利君の狩りは当分休ませてあげて下さい」

 私の横に座ってぼんやり話を聞いていた勝利は、狩りを休めと言われてひどく項垂れていたが、先生に言われたとおり病院で大人しく療養するしかないだろう、と諦めてくれた。

「この後、僕はお母さんとお話があるから、勝利君は病室に戻っていてください」

「はーい……」

 勝利は気の抜けた返事をすると、スリッパをぺたぺた鳴らしながら自分の病室へと戻って行った。



 息子が遠ざかったのを確認し、主治医は話を続けた。

「さて、ここからが本題です。シスターベロニカ」

 緑地公園の一件以来、勝利の主治医となった、三十代半ばの男性医師――新見が、モニタに映し出された脳の断面画像をボールペンの先で指して説明をしている。

 脳外科は専門ではないが検査を行った医師からおおむねの説明は受けているそうで、その際携わった全員が画像を見て絶句したという。

 さすがに当人の前で有り体に語るわけにもいかず、やんわり仕事を休むよう言っているが、二人きりになった後、「これは超回復能力を持つ勝利君を利用した、悪質な人体実験です」と保護者である私、シスターベロニカに訴えたのだ。

 無論、私も薄々気付いてはいたものの、門外漢であるため明確な疑問を抱くには至らなかったのだ。教団のある種非人道的な振る舞いは、多くの人命救助を免罪符に人目のない場所で多々行われているが、この事実を知る教団職員は少ない。新見もそれを知る一人だった。

 彼はこの数日、私が勝利の監視者なのか名実ともに保護者なのかを見極めた後で、教団による勝利への非人道的行為の事実を伝える決心をしたのだ。

「私はかつて本部の兵器研究室で仕事をしていました。ですが、あまりに惨い業務内容に耐え切れず転属を申し出ました。機密を知る人間ですから完全に逃げることも出来ず、こうして系列の地方病院に落ち延びるのが精いっぱいでした」

 新見医師の告白、いやシスターである私への懺悔は続いた。

「研究室内部では周知の事実ですが、教団の兵器の材料は、勝利君の生みの親である女神の血液です。毎日少しづつ搾り取っては弾丸などに塗布加工をして前線に出荷しています。100年前のゲート出現時、封印のため女神の体は細切れにされました。勝利君を身ごもったまま……。それから数十年経て女神は体を取り戻し、彼を出産したのち、贖罪のため日々教団に血液を提供することになりました」

「女神……だと? 贖罪?」

「はい。ゲートが出現した根本的な原因は、女神が悪人にそそのかされ、ゲート設置に知らず加担したからなのです。最悪の事態になる前に教団の前身である集団が彼女を発見し、封印の儀式を行って事なきを得ました」

「ということは今現在、女神……勝利の生みの親は実在するんだな?」

「教団の地下深くの研究室に監禁されています。……救おうなどと思わないでください。当人も納得していますし、異界獣退治に使う武器が生産できなくなってしまいますから」

「そう、なのか……」

「母親だと名乗るつもりもないようです」

「つらい、選択だな」

「さて、ここまでは話の前段です。冷静に聞いてください」

「ああ」

 もう今さら何を聞いても驚きはしない。

「教団は母親と同じく勝利くんも罪人だと考えています」

「――なッ! ふざけるな!」

「そうですよね。親なら怒って当然です。……教団は罪人の勝利くんへの人体実験を躊躇しませんでした。前線への投入も非常識な回数です。さらに、戦えなくなったら血を採る家畜として生かしておこうとすら考えているのです」

「そこまで……そこまで非道だとはッ!!」

 私は怒りで目の前の医師に掴みかかろうとしてしまった。彼に責任はない。

「驚かれるのも無理ありません……。表向きは華やかに広告塔として利用しているのですから、失っても構わないと思ってるなんて想像できませんよね」

「勝利……」

「教団は彼を貴方に預け、戦士として育てさせました。そこから先は、もうご存じですよね……シスターベロニカ」

「なんということだ……」

 結局、対異界獣大量殺戮生体兵器としての勝利を完成に導いたのは私自身になるが、その罪を自覚するまでに幾年もの時間を要することになった。だが、皮肉なことに、私が育てたことで彼は教団最強の戦士となり、家畜として生きることを逃れ続けてこられたのだ。

 ――今すぐ息子を救うことは、誰にも出来ない。

 だが、いずれ。私は胸に秘めた。

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