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電気を喰らう者 勝利side3

 俺は、耐電スーツの背中をアスファルトで摺り下ろしながら考えていた。

(もう、遥香には会えないかな……)

 跳弾を期待して、追っかけてくる化け物の足下を撃つ。

 しかしワイヤーで引きずられている際、体がどうしても左右に振られるから当たるものも当たらない。

「ごめん、ハルカさん」

 警備室の前にさしかかったとき、俺はプツン、とワイヤーのロックを外した。

 緊張を解かれたワイヤーは、ヒュン、と音を立てて路面をのたくった。

 そして俺の体はさほど地面を擦ることもなく、その場に留まり天を仰いだ。

「来いよ」

 寝転がったまま両手で銃を構える。

 奴は俺に飛びかかろうと、地響きを上げて迫って来る。シスターベロニカの放つ銃声は、聞こえるが致命傷を与えていないのだろう、化け物の足は止まらない。

(ちゃんと引き寄せて狙えっての。脚に当たってんぞ)


 …………え? ヤバイ!


 すぐそこまで来た化け物は、急に俺の手前で方向を変え、跳躍の姿勢に入った。警備室の上にいるシスターベロニカめがけて。

 俺は叫んだ。

「小屋の裏側に飛べぇッ!!」

 すぐに身を起こして異界獣に突進した。タックルをかましてヤツのジャンプを阻止してやる。

 俊足を誇る俺様ではあるが――わずかに届かない。

「くっそおおおおおおお――ッ!」

 肩から当たりに行くが間に合わず、剛毛の後ろ足にしがみつくのがやっとだった。

 ぐらり、と体勢を崩す獣。上昇する力を失い、俺もろとも地面に吸い寄せられていく。今度こそ、本当に、体の力はもう残っていない。

 ……間に合ったか。

 でも、銃落っことしちまったよ。あーあ……

 自爆も覚悟したその瞬間、銃声、化け物の絶叫。

 そして足に衝撃と焼けつく痛みが走った。

「ぐああッ」

 俺は獣もろとも、シスターベロニカに脚を撃ち抜かれたのだ。

「何観念したような顔をしてるのだ、目を覚ませ!!」

 シスターベロニカが警備室の上から怒号を飛ばした。

 いまだ銃口はこちらに向いている。

 異界獣と共に夜中の冷えたアスファルトに投げ出された俺は、ゴロゴロ転がって敵から距離を取った。

 奴は仰向けにひっくり返り、足を痙攣させている。

 シスターベロニカに撃たれたところから、水色の体液が吹きだしている。

「息の根を止めないと……」

 立つのもやっとの俺は、さっきの剣を両腕に着け直すと、杖の如く地面に突き立て起き上がった。自分の足からも血が流れていたが、そんなことは『駆除作業』の前では些細な問題だ。痛む足を引きずりながら『駆除対象』の傍らに近づくと、俺は両腕を振り上げて、奴の急所を十字に切り裂いた。

 死にかけの昆虫のように、内側に折り畳んだ足を小刻みに動かしていたが、その接続部が切断されると、動きは緩慢になり、まもなく止まった。

(やった……)

 奴の死を見届けると、俺はその場にへたり込み、己に罵声を浴びせた主を見上げた。

「逃げなかったのかよ」

「見損なうな。私はお前と一緒に奴らと闘うために教団に残ったのだぞ。最後まで勝機を信じろと貴様に教えたのは誰だ? 有翼の女神にあやかったその名は飾りか?」

 シスターベロニカは銃をひょいと肩に担ぐと、警備室の屋根からひらりと舞い降りた。スリットの大きく入ったシスター服のスカートが、夜風に大きくひらめく。

「もうちょっと優しくしてよ、母さん」

 苦笑しながら、俺はメディカルポーチから止血バンドを取り出した。



     ◇◇◇



 教会に戻り手当を受けた俺は、深夜の食堂で独りココアを啜っていた。

 四つ足異界獣もろとも、シスターベロニカに撃ち抜かれた太股の傷口は既に塞がっているが内部までは癒えておらず、足全体がジンジンと痛む。

「情けねえ顔してんな……」

 窓ガラスに映った己の面相に悪態をつく。

 そして、一人反省会を開始した。

『何故お前は死のうとした? なぜ諦めた?』

 さっき手当を受けながら、シスターベロニカに言われた言葉だ。

 己が食われるつもりで、ワイヤーを切った。彼女はそのことを責めたのだ。

「なぜ、だろう……」

 敵が正体不明で、とても強かった。

 倒すには、ギリギリの戦法を強いられたのも確かだった。

 でも、果たしてそれだけなのか?

「やっぱ、ハルカのこと、かなあ……」

 弱気になったのは、遙香のせいなのかもしれない。

 ズズズ……、ココアを啜る。

 甘く香ばしい薫りと共に、彼女との思い出が脳裏を過ぎる。

 だが、どうしても思い出せない事があった。――子供の頃の記憶だ。

 今夜現場に向かう車の中で、俺はずっとそのことを思い出そうとしていた。仕事前に集中を欠くような真似をしていたのが悪い。悪い……のだけど。

 この件がはっきりしない限り、モヤモヤがずっと続くのだろう。そしてその度に、今日のように死ぬような目に遭うのかもしれない。きっと。多分。


 だが、知ることも同時に恐れている。

 遙香と自分。一体どんな因縁があるというのだろう。

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