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電気を喰らう者 勝利side2

「危ない!!」

 次の瞬間、俺はシスターベロニカの体を脇に抱いて宙を舞った。

 そしてゲート脇の警備室の屋根に飛び乗った。するとすぐ目の前に強い光が瞬いた。

「うッ」

 シスターベロニカは思わず手のひらで目を覆った。

 さっきまで彼女のいた場所に、稲妻が落ちたように見える。

「ふう。間に合って良かった」

 脇に抱えた彼女を屋根に下ろした。

「勝利……」

「上から見たらアレが帯電してたんだ。やっぱ電気を食うみたいだね」

 異界獣はシスターベロニカに撃たれた拍子に、貯めに貯め込んでいた電気を放出させたのだった。

「遅いぞ。もう二人犠牲者が出ている」

 シスターベロニカは口では咎めているが、さすがは我が息子だと内心褒めているのが表情で分かる。

「ごめん、冷凍車を見た時点で気付くべきだった」

 彼女を姫だっこして、警備室の屋根からヒラリと飛び降りた俺は、彼女をそっと降ろすと、背後へと押しやった。

 視線は異界獣にロックオンしたままだ。

 奴は銃撃と放電のダメージでフラフラしていて、ずいぶん弱っているように見える。

「お前に護られるほど、私は落ちぶれてはいないぞ」

 と、むくれながらシスターベロニカが言った。

「師匠に何かあったらこっちが困るんだよ」

 俺は背中から得物を取り出すと、両のリストバンドにカチリと固定した。

 そして胸の辺りでクロスさせると、両脇にヒュン、と振り抜いた。

 未だ握力が戻っていないので、腕に直接武器を装着している。

 一見トンファーのように見えるが、刃物のように薄く、刀身はつや消しのブラックだ。対異界獣用コーティングが施された、ナノカーボン繊維とセラミックのハイブリッド素材で出来ている接近戦用の武器だ。

「じゃ、向こうで待ってて」

 それだけ言うと、俺はコートを翻し、ワンステップで獣の前に躍り出た。

 上半身のカエル部分はシスターベロニカの撃ったグレネード弾でボロボロになっていた。ひどく鮮やかな水色の体液が、皮膚の裂け目からだらだらと流れ落ちて幾本も筋を描き、黒い体表にムダにサイバー感を与えている。

「トドメを刺してやんぜ!」

 俺は大きく振りかぶり、頭上から刃を振り下ろして化け物を真っ二つに――したつもりだった。だが、黒い刃は敵の腹の辺りでピタリと止まってしまった。

「なッ!?」

 彼は咄嗟に体をスピンさせると、化け物の体の表面を横薙ぎに幾重にも切り裂いた。

(どう……だ?)

 正直、あまり自信はなかった。ただ何度か体表面をひっかいただけだから。

 黒いゴム状の表皮を裂き、腕も一本くらいは断ち落としたかもしれない。

 ……でも、やっぱり手応えがない。

 ブシュッ、といっぺん、水色の体液を吹き上げると、半死半生の異界獣が鳴きだした。

『ヴ……ルルル……ヴププ……』

「刃物が通らねえならッ」

 俺は腰から銃を抜くと、続けざまに五、六発撃ち込んだ。

 弾がヒットする度に、体を震わせてはいるが、サルのような足はしっかりと地面を踏みしめている。

(なんだこいつ、手応えが)

 俺はさらに、腹の辺りに狙いをつけて銃を撃った。

「くそッ、おかしい!」

 残りの銃弾を撃ち尽くしてもなお、敵は立っている。

 あんなに柔らかかった上半身とは裏腹に、下半身はビクともしていない。こんな敵、今まで見たことがない。

 背中に冷たいものが流れる。

 焦る心を抑えながら、マガジンを替えようとしたときにそれは起こった。

『グチュ……グチュリ……』

 耳障りな音を立てながら、化け物の裂けた腰のあたりから何かが盛り上がってきた。

(なんだ? イヤなカンジがする……)

 俺は銃にマガジンを装填すると、ナゾの膨らみに連射した。

 銃弾がヒットするたびに、ビシュッと音はするものの、表面を削るのみだった。

「くそ……どうしたら」

 教団の武器は、異界獣の皮膚を破り肉を裂き骨を砕く。

 それが当たり前だった。

 なのに目の前の新種ときたら、かすり傷程度のダメージしか与えられない。

(うう……試してない攻撃は、何だ?)

 困惑しているうちにも、敵は怪しげな変化を見せている。

 吹き飛ばされた上半身のあった場所は大きな開口部となり、内側からナゾの器官が、ぐちゅぐちゅと水っぽい音を立てながら、二つ盛り上がってきている。

 ビジュアルがグログロしいのには慣れてるが、倒す方法の見当がつかないケースは初めてだった。

 しばらく攻撃を加えても電撃を放ってこないとこを見ると、電池切れなんだろうが……。

「しゃーないか」

 俺は覚悟を決め、両手首の刃を外してホルダーに戻した。そして、ファイティングポーズを取って、しゅしゅッと数回、拳で空を切った。

「試してないのは、――打撃だ!」

 俺はぎゅっと眉根を寄せると、地面を蹴って異界獣との間合いを詰めた。

 握った拳に力を込め、半身に開くと、アスファルトにめり込まんばかりに左足を踏みしめ、そこから今度は全体重を右足へと荷重移動させる。

 下半身から腰、胴、そして肩へと上半身をひねり込んでパワーを拳一点に集中する。

 俺様、渾身の一撃。

「うううぉぉぉおおおおおおおりゃああああああああああああああああッ」

『メキャアアアッ』

 ブロック塀をも打ち砕く渾身の一撃を、醜悪な化け物にねじ込んだ。

 ――はずだった。

「なッ……?」

 確かに何かを殴った感触はあった。

 だが目の前にあったのは、毛むくじゃらの足と同様、びっしりと毛の生えた手とも足ともつかないものが、彼の拳を苦もなく受け止めている様だった。

 俺の瞳孔が最大まで開く。

(一体どこから?)

 予想外の事態に激しく動揺したが、化け物の足が俺を蹴り上げようとした時、我に返った。

(まずッ)

 次の瞬間、俺の頬を鋭い風が切った。つう、と血の筋が走る。

 バックステップで異界獣のキックをかわすのがコンマ一秒遅ければ、俺の頭蓋はザックリと裂かれていただろう。

 異界獣は蹴りが空振りしたので、その場でくるりと宙を舞った。

 その勢いで、破れた腹のあたりからずるり皮が裂け、『中身』が剥けて出てきた。

「なんだよ……それが貴様の真の姿か?」

 手の甲で頬の血を乱暴にぬぐうと、俺は口の端をつり上げて、軽く笑った。

 内心、余裕などない。だが、そうでもしないと平静を取り戻せなかった。

 眼前の獣はいま両生類のような上半身を失った代わりに、さらに二本の足とまんじゅうのような頭部を持った、蜘蛛に似た地を這う生き物へと変化した。

 その胴とも頭部とも言えないような部位にはヤツメウナギのような丸い口があり、その内側をぐるりと囲んだ鋭い歯が露出している。

 この歯で警官や変電所の職員たちをボリボリと喰い散らかしたのだろう。

(あんま近づきたくねえなあ……)

 化け物の直接攻撃は素早く、連続で喰らえば己の身が危ないだろう。俺は脳内のデータを参照し、有効な攻撃方法を必死に考えた。

 だが、三秒経っても何も思いつかなかった。

「さて、どうしたもんかな」

 間合いを取りつつ呟いた。

 目の前の地を這う毛むくじゃらな生物が、自分をなめ回すように見ている気がした。だが、どこに目があるのかよく分からない。

 多分、四本の足の接続部分、胴に相当するパーツのどこかにあるのかもしれないが……。

『状況を報告しろ、勝利』

 シスターベロニカからの通信が、迷走する思考を止めてくれた。

「ああ、えっと……ちょっとヤバいかも」

『はっきりしろ。援護は必要か』

「というか……こっち来たら死ぬかも」

『なら尚更――』

「分からないんだ。どうすれば倒せるのか」

 おっと。

 黒い毛むくじゃら野郎が突進してきたのを、ハイジャンプでかわす。

 敵はそのまま直進し、道路脇の柵に突っ込んだ。

 柵の隙間に足が絡まって、ジタバタしている。

「ん?」

『どうかしたのか』

「いやちょっと、気付いたことがあって。――やっぱこっち来て。銃持って」

『了解』

 自分の想像が正しければ、多少は何とか。……いや、それだって、ただの糸口にしか過ぎない。でも。

 俺は腰から、ウインチのアンカーを引っ張り出した。ワイヤーを数メートル引き出すと、ジタバタしている敵の足に投げつけた。

 ヒュン、と空を切って飛んだアンカーが異界獣の足に届くと、クッと軽く手繰たぐってぐるりとワイヤーを巻き付けた。

「おっしゃ!」

 柵の隙間から脱出した異界獣が足をもつれさせながら、ぐるりと方向転換をした。表情は分からないが、なんだか苛だっているように見える。

「カモン!!」

 異界獣を挑発する。

 不思議と意図が伝わったのか、異界獣は猛牛のように体をぶるりと振るわせると、地響きを立てながら、俺に向かって突進してきた。

 俺は突っ込んできた異界獣をギリギリまで引きつけると、ヤツの頭上高く飛び上がり、ワイヤーを街灯のてっぺんに引っかけ、つるべ落としのように、そのまま飛び降りた。

 ギィィァヤアアアアアアアアッ! と、ワイヤーがけたたましい音を立てて、火花の雨を降らせる。

 俺が地面に近づくと、その逆に、宙づりになった異界獣がどんどん上へと昇っていく。ヤツがもがくので、街灯がひどく揺れる。

(くそ、もってくれ!)

 祈る気持ちで着地すると、俺は地面に倒れんがばかりに全体重をかけてワイヤーを引き、愛用の銃を抜いて獣のある場所を狙ってトリガーを引いた。

「よし!」

『ヴヴヴルルルルゥウウウウウウッ、ヴァアアアアッ』

 夜の空気を揺らす、この世ならざる生き物の絶叫。

 俺の体に、水色の体液がボタボタと滴り落ちてきた。

 口の中にまで入り込んできたので、ベッと吐き出した。

「うぇッ、にがッ!」

 あまりの不味さに体制を崩した瞬間、とうとう街灯が壊れ、異界獣がズドンと目の前に落っこちてきた。

「ぅ、やべッ。もたなかったか」

 外れたワイヤーを急いで巻き取って、俺は化け物に再び弾丸を撃ち込んだ。

 だが、巧みに足で防御され、胴体部分に当てることが出来ない。

(やっぱあそこか……弱点は)

 狙ったのは胴体部分だ。

 銃弾がヒットしたのはその裏側だった。

 もしそれでダメなら上部についている口の中でも狙おうと思っていたのだ。

 それでもダメなら……その時は取っ組み合いでもして足をもぐしかない。

 なんせ銃も刃物も通らないのでは、それしかないじゃないか。

 ともあれ最初の予想が運良く当たり、一般的な異界獣と同程度のダメージを与えることに成功した。

 四本の脚部分はとても頑丈だが、胴部分の外装の強度はあまり高くない。

 外皮を破り、体液を噴出させられたのなら勝機はある。

 そしてもう一つ、気付いたのは――

「勝利、待たせた!」

 背後からシスターベロニカの声が。

「こっちに全力ダッシュして! 小屋の上に放り投げる!」

 無言で頷き、俺に向かって突進するシスターベロニカ。

 腰を落とし、両手を体の前で組み迎える俺。

「飛べえッ!」

 彼女が俺の手に駆け上がると同時に、俺は天に向かって彼女を放り上げた。

 黒いベールをはためかせ、シスターベロニカは警備室の屋根にひらりと舞い降りた。

「今夜も綺麗だぜ、俺の勝利の女神ビクトリア

「当たり前だ」

 軽口を叩きつつ、シスターベロニカは周囲を一瞥した。

 屋根の上から現状を見たシスターベロニカは、愛息子が新種の化け物に相当の苦戦を強いられていることを察してくれた。

 いま俺たちのいる工場前の道路は、やや広めの二車線だが、敷地の向こう側は緑地ブロックのため木ばかりだ。工場ゲートの両サイドも、盛り土と街路樹で場所に遊びがほとんどない。

 俺の得意とする高低差を利用した戦法も、利用出来る地形や建造物が少ない。

 その上、道路は炎上したトラックとパトカーによって半ば塞がれている。

 場外乱闘をするために、この場から離れれば、先ほどの運の悪い警官のような被害者が出ないとも限らない。

 かといって、ある程度の広さのある工場敷地内に招き入れるのもはばかられる。

 ならば、自分の出来ることは――

「奴の弱点は真ん中の胴体だ! 足は攻撃がほとんど効かない」

 狙撃手のシスターベロニカへの注意を逸らすため、俺は銃を連射しながら異界獣の反対側へ回り込んだ。俺の背後には燃えるトラック。近づき過ぎれば火達磨だ。

『私は上から奴の口を狙えばいいのか』無線からベロニカの声が入る。

「こいつは立体的な動きが苦手らしい。奴の突進は威力とスピードは強いが、」

 言っている側から敵が突っ込んで来た。

 四本の無骨で大きな足を巧みに使い、まるで蜘蛛か昆虫のように高速で這い寄ってくるのだ。

 さながら、特撮映画を早回しで見ているようで、気色が悪いことこの上ない。

 俺はすんでのところでヤツの突進を脇へとかわすと、毛むくじゃらな足の化け物は、俺の背後の炎に構う様子もなく車体を道路の反対側まで吹き飛ばした。

「細かいコントロールが出来ないのは、あまり目が良くないからかも」

『とにかく動きを止めろ』

「んなこと言っても、接近戦になったら俺負けちゃう」

『なんとかしろ』

 分かってるよ、と毒づくと、俺は血の滲む頬を手の甲でひと撫でし、ぺろりと舐めた。

「同じ青い血でも……俺の方が旨いな」

 不器用に方向転換する異界獣を見つめながら、俺は銃のマガジンを入れ替えた。

「さあ、こいよ!」

 叫ぶなり、俺は異界獣に一発弾丸をお見舞いした。

 偶然に期待して足下を狙ったが、そうそう上手い具合に跳弾するものではなかった。

 化け物は奇声を上げて体を震わせると、アスファルトの上に踊る青い揺らめきを蹴散らしながら俺めがけて突進してきた。

 俺は身を翻し、シスターベロニカの射線へと一目散に駆けだした。

 背後からドドドと重たい足音が迫る。

 警備室の横を通り抜けようとしたその時――俺の体が宙を舞った。

「がッ!!」

 俺は強い衝撃で弾き飛ばされ、工場内の路面を数度転がり、縁石にぶつかって止まった。クラつく頭を無理やり持ち上げて、俺を突き飛ばしたヤツを見た。

 突進しか出来ないと思われていた異界獣が、いきなりロケットのように前方にジャンプしたのだ。

「勝利ッ!!」

 シスターベロニカが叫ぶ。

 霞む視界からヤツが消えた。次の瞬間、

「うぐ……何が、ぐあああッ!」

 いきなり体が押し潰され、息が出来なくなった。俺の上にいる、すごく重たいものから鋭いものが腹にねじ込まれると、俺は激しく吐血した。

「なん……だよ……これ」

 激痛で意識を失いそうになりながら奴を見上げた。己の腹の上で化け物の巨大な足がステップを踏むたび、鋭い爪が俺の体にめり込んだ。

『大丈夫か!』

「く、来るなよ……ぐぶッ」

『おい!』

「こ……いつめ」

 俺は、やっとの思いで予備の銃を腰から抜くと、当てずっぽうに数発ブチ込んだ。

『ヴヴヴルルルルッ、ゥウウウルルルルッ』

 当たったかどうか自信はなかった。

 だが、こいつが鳴いてんなら当たったのだろう。

 ふっと体に伸し掛かる重さも失せた。そのスキに俺は、ゴロゴロと力なく転がって化け物の体の下から逃げた。

「ずりいよ……ジャ、ンプするとか……聞いてねえ」

 全身がギシギシと思うように動かない。

 激痛も走っている。

 恐らく、体のあちこちにヒビや骨折を負っているのは間違いなさそうだった。

 だが俺は気力を振り絞って立ち上がった。

 足は震えてるが、今は立つしかない。

 口に溜まった血ヘドをべっと吐き出す。

 奴も苦しそうな鳴き声を発しながら、こちらを威嚇してくる。

「ああ……また逆方向にこいつ誘導しねえといけねえのかよ……つれえな」

 足はまだ無事だ。

 動くだけなら何とかなる。だがスピードに自信がない。

「食われたら、それまでよ」

 軽く息を吐くと、俺は少々狙いをつけ、腰からアンカーを射出した。

 ガツン、とゲートの柵にぶつかった。

 くッ、と軽くワイヤーを手繰たぐり、引っかかっているのを確認した。

「頼むから、あんま早くくんなよ――」

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