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わがままボディとホットデリ

 タケノコ退治も済み、俺と遙香は揃って学校を出た。

「ねえ、ちょっとコンビニ寄らない? 小腹がすいちゃった」

「別にいいよ」

 コンビニに到着すると、「じゃ、ここで待ってて」と軽く手を挙げて、店内に入っていく遙香。ぼんやり遙香を見送ると、同じ学校の生徒が入れ替わり立ち替わり店に入っていく。

 ヒマな俺は、周囲の地形を確認した。最早これは職業病と言っていい。

 聞き慣れない店名だから、この地方独自のコンビニチェーンなのだろう。

 広い駐車場とイートインの付属している平屋の店舗だった。都心の狭隘立地な店舗と比べると、かなり贅沢な土地の使い方といえる。

 正面は四車線の幹線道路、向かって左方の側面は一方通行の細い道に面している。その道を挟んで隣の敷地は駐車場だ。この建物は記憶している地形情報と一致している。

 店頭には新作ゲームの予約受付開始告知や、キャラクターグッズのくじの告知、おすすめスイーツのプリントされたのぼりなどがはためいている。

 このキャラクターグッズの悪趣味なのが、俺達が日頃駆除している異界獣をかわいくデフォルメした物なところだ。みんな分からないと思って、教団は何を考えてこんなものを作ってるのか理解に苦しむ。まあ、その点を除けば、ありふれたコンビニの風景だった。

 俺はふと、ある晩のことを思い出して、苦虫をかみ潰す。

 だがそれも数秒のこと。

 ため息を一つつくと、すぐほっとしてつぶやいた。

「でもあの子、元気になってくれてよかった。あのまま死んでたら俺……」

 その回想を断ち切るように、背後から声がした。

「おまたせ~」

 遙香が両手に不思議なものを携えて店から出てきた。

「はい、これ」

「あ、ありがと……って何コレ? スイーツ?」

 その白くて丸くて平たい物体は、ペロペロキャンディのように渦を巻き、棒に刺さっている。だがキャンディより分厚く、匂いは、焼いたソーセージそのものだ。さらに観察すると、一本の長い長いソーセージをカタツムリの殻のように巻き込んで、アメリカンドッグの棒で貫いてある。

 つまり、これはスイーツではなく、ホットデリなのだ。

「う……」

「どうしたの? おいしいよ」

 だが、だがしかし。

 これを素直に口に運ぶには、『躊躇せざるを得ない』決定的な特徴があった。

 ソーセージ(?)の表面には、白地にカラフルなストライプが印刷されている。

 有り体に言えば、虹がプリントされているのだ。まるで某歯磨き粉のように。

「この町の名物なの。来たばっかなんでしょ? だったら一度は食べとかないと」

 ――名物、だと?

「この私のオススメが食べられないの?」

「わ、わかったよ」

「よろしい」

 彼女に促されるまま店先のベンチに並んで腰掛け、この極彩色なグルグルソーセージを食すことになった。

 記憶の糸をたぐると、他の町では、(当たり前だが)無着色のものが「ソーセージ〇メターノ」という名称で販売されていたことを思い出した。

 つまりこれは、パクリ商品なのか……

 それにしても、自分を脅迫する女の子が、自分におやつを奢ってくれているこの状況がイマイチ飲み込めない。が、おそらくこれは、タケノコを退治した褒美なのだろう。

「い、いただきます」

 俺は意を決して、己に与えられた女神の報償品を食すことにした。

 食用色素たっぷりで、ただちに健康への影響がなさそうな珍名物を至近距離で見てみると、不思議なことに気がついた。虹色を保ったままカリっと焼けて張り詰めている表面。ウォーターオーブンで加熱されてるのだろうか、焦げ目がほとんどついていない。

 その不可思議な物体へと、汚れ一つない真っ白な前歯を突き立てる。

 瑞々しいわがままボディのように、肉汁と溶け出した脂肪に満ち満ちたソーセージ内部から、ぎゅっと押し戻される前歯。だが俺は、弾む若肌へと無慈悲に歯を突き立てる。プチッと音をたてて爆ぜる虹色の皮。その裂け目から、薫り高く熱々でジューシーな汁が口いっぱいに広がっていった。

 ああ……至福だ。口腔内の火傷など些細な問題だ。

 これは、まさに味の宝石 (以下略)

 ウルトラジューシーで芳醇な味わいのこのソーセージが、あろうことか地方コンビニのホットデリだなんて。

 仕事柄、方々のコンビニを訪れてきた俺様にとって、これは驚愕の事実だった。

 恐るべし、地方チェーン……

 魅惑の味覚に翻弄され続けていると、遥香が恥ずかしそうに言った。

「さっきさ、ありがとね。……すごい困ってたの」

 俺は黙って頷いた。

 そして、ちらりと遥香の横顔を見たその時。

 彼女のはにかんだ顔を見て、俺の胸に電流が走った。

(………………ウソ、だろ)

 日頃大勢の美女に囲まれる職場にいながら、全く女性に興味を示さなかった俺が、最悪な出会いをしたはずの遙香に、一瞬で堕ちてしまった。

 あの夜、医療行為という名の濃厚なキスをした事実が鮮明によみがえる。

 手順を前後した結果、今ごろになって『そういう』気持ちが沸いてきた、というのか?

 ――じょうだんじゃない!!

 そんな俺など気にも留めず、遙香は町の伝承を語り始めた。

「この町には伝説があってね、昔、空から、らせん状の虹が降りてきたんだって。それをデザインして作ったのが、コレ、『虹のらせん階段』よ。おとぎ話みたいよね」

 遙香は手にした虹色ソーセージの軸を指先でひねり、くるくると回している。

「お父さんは、その虹が見たくて、この街に住むようになったの。おかしいよね」

「伝説を信じてるんだね」

「うん。私も信じてる」

 キラキラした目で遥香は言った。

「人が何かに傾倒するきっかけなんて、他人にとってはくだらないことかもしれない。君のお父さんだって、おとぎ話を真に受けるなんて、と笑われるに違いない」

「そうね」

「それでも、伝説を信じて海や山をめぐり、遺跡を探す考古学者は有史以来、後を絶たない。俺の獲物だって人に言わせれば伝説の部類だろう。だから、遙香のお父さんをバカにするなんて、俺には出来ないよ」

「ありがと。君はやさしいね」

 俺は、よせやい、と胸の中で返した。

「ところでさ、なんでキミが借金取りに追われてるんだ? 親御さんは?」

「それが……」

 遙香はぽつぽつと身の上話を始めた。はじめは半分笑いながら話していた。でも、だんだん顔が曇り、そして、昇降口にいた時のような怒った顔になった。


     ◇


 遙香は語った。

 彼女の家は父子家庭で、父親は有名な都市伝説雑誌のライターだった。といっても、その界隈でという但し書きが付くのだけど。

 父親は半年前、いつものようにどこか遠くへ取材に出かけ、旅先で行方不明になってそれっきり。遙香は父親が取材費のために借金をこさえていたことも知らなかったそうだ。というのも、フリーライターの彼に取材費を前払いする出版社はなく、いつもその借金を原稿料や印税でキチンと返済していたからだ。

 だが、金を借りたのがタチの悪い業者 (つまりタケノコの実家)なせいで、ヤクザ者を家に寄越したりなど、取り立てが厳しくて困っていると。無論その中には、カンチガイした息子タケノコの暴走も含まれている。金を返済しようにも、父親がいつ帰ってくるか分からない状況では生活費の貯金に手をつけるわけにもいかないし、かといって他に頼れる親類縁者もいない。多分家の中には金目のものはあるのだろうが、自分では処分していいのか悪いのか分からない。

 そんな時、街に化け物が出現した。父親がかねてより追いかけ、写真に収めてきた怪物たちだ。遙香も幼い頃から父の写真を見て知っている。――それが金になることも。

「それは、えらい難儀だったな……ハルカさん」

「ハルカ、でいいわよ。多島君」

「じゃあ、俺もショウって呼んでよ」

 と答えると、遥香はニコニコしながらこくりとうなづいた。

 その笑顔と渦巻き虹が妙にマッチしていて、写真に収めておきたいくらいだった。

 しかし、生活のためとはいえ、己の姿を撮影されてしまったのは失敗だった。とにかく今は彼氏として遥香のご機嫌を取り続け、その間にシスターベロニカの判断を仰ぐのがいいだろう。金のことは自分じゃどうにもならないが、策はあるかもしれない。どのみち、この町での駆除作業が完了すれば俺たちは別の町に行く。だから、「彼氏を演じる男」を演じなければならない。本当は、どんなに彼女が好きだったとしても。

「じゃ、いこっか」遙香がベンチから立ち上がった。

 結局『夢のらせん階段』は彼女の長話のせいで冷めてしまい、ピンと張り詰めていた極彩色の皮には少々シワが寄っていた。

 俺がじっと見つめていると、遙香が差し出してきた。

「いや、そういうワケじゃ……」

「男子なんだから食べなよ」

「それ言うなら、金ないんだから君が食べなよ」

「ふうむ……んじゃ半分コで」

「どうやって」

「こうよ」

 言うなりガブリと噛みついた。二、三口ほどで半分を胃の腑に納める遥香。

「うへえ……」

 豪快な食いっぷりに、身内のあの女性を思い出す。

「はい、あとキミのね」と、下半分を差し出す。

「ああ~油が垂れてるよ、ちょっと待ってろ」

 遙香の口元からはソーセージの汁が筋を描き、顎先まで届きそうだ。ウェットティッシュで彼女の顔をぬぐってやった。普段は異界獣の体液か、己の血液を拭くために使っているのだが。

「えへへ~さんきゅ」

 俺は、肉汁跡を舌で舐めとりたくなる衝動を抑えつつ、丁寧に顔を拭いてやった。遙香は嬉しそうに、なされるがままにされている。

(……ダメだそんな顔で俺を見るな……)

「ほ、ほら、終わったぞ」

「さんきゅ。んじゃ、半分」

 俺は彼女の顔を拭いたウェットティッシュを畳んで内ポケットに仕舞うと、残り二分の一になったソーセージを口の中にねじ込んだ。

「ごっそさん」

「どうも。また食べようね」

「ああ」

 ――また? 好物なのかな。

 ようやくコンビニを後にして帰路につくと、ランニングをして戻ってきた運動部の連中とすれ違う。ちらちらと自分たちを見る生徒もいたが、ほとんど無視して走っていった。コンビニの店頭でもそうだ。それなりの人数の生徒が出入りしていたにもかかわらず、仲良くソーセージを食べていた俺たち二人をじろじろ見る者はいても、冷やかす者は無かった。この中には遙香の知り合いはいないのだろうか。それとも――

 あんなチンピラに絡まれているせいで友達がいないのか、と口に出しそうになったが、俺はなんとか言葉を飲み込んだ。


 この街に滞在中は自分が彼女の盾になる。多くの生徒の目にするところとなれば、いずれその答えは分かるだろう。でも、俺がいなくなってしまったら彼女はどうなるんだろう……。

 自分のいる間に金を工面する、もしくは父親を見つけ出すことが出来れば、憂いを残さずこの街から去ることが出来るのに。しかし、教団の誰かに話せば、口封じのために遥香を始末しろ、と言われるのかもしれない。

 でも、そんなこと出来るもんか。――彼女を『二度』も殺すなんて。

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