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転校生は異界獣ハンター

いまからでも、口封じした方がいいの?

やっぱ俺、あの子を見殺しにした方がよかったの?

――――できるわけないじゃん!



     ◇◇◇



 俺は夏が嫌いだ。それが初夏であっても。

 いまは仕事で関東のどこかに来ている。中規模の都市。宅地が多いからベッドタウンのようだ。都心よりは、ちょっと自然が多いだろう。山が少々と川。河川敷には野球、サッカー、テニス、ゴルフ等のスポーツ用区画。山寄りには大きな池を擁した緑地公園がある。

 他は……来たばかりで町の地形情報・・・・以外はよくわからない。

 今日転入したこの学校は、……聖ナントカカントカ学園高校。家業の都合で、しょっちゅう転校しているから学校の名前なんか知らない。というか興味もないし覚えてもしょうがない。いつも数週間から数ヶ月後・・・・・・・・・には出て行くんだから。

 家業は、人に聞かれたら『公衆衛生を維持する仕事』と言いなさい、と家の人に言われてる。ピンと来ないけど、分かる人には分かるんだろう、と思っている。

 でだ。転校早々大問題が発生した。俺は、会ってはいけない人に遭遇してしまったのだ。運の悪いことに、同じクラスにヤツがいた。俺がヤツに気付くと、ヤツも俺にすぐ気がついた。ヤツは、明らかに、俺を知っている。

 おかしい。知っているはずがない・・・・・・・・・・のに。あのとき意識はなかったのに。

 教室内では不思議と俺に接触してはこないものの、文字通り射るような視線をガンガン飛ばしてくる。おかげで、俺のメンタルは転校初日早々穴だらけだ。

 そんなヤツにガクブルしながら放課後まで耐え抜いた。極限まで精神値を削られて、今や体力値を精神値に変換している始末だ。

 とにかく急いで学校から離れなければ!

 これは非常事態、絶賛大ピンチなのだ!

 さて、心底神経疲労困憊状態の俺は一体何者なのか。

『悪いな、もう下駄箱に到着だ。自己紹介はこのくらいでいいかい? あ、忘れていた。俺の名は――――』


     ◇


 俺が急いで学校から逃走しようと、下駄箱の扉に手をかけたその時だ。

『バンッ!!!!!!!!』

 昇降口に、けたたましい衝撃音が響いた。

 背後から誰かが、スチール製の下駄箱に強く手を突いたのだ。

 叩いた力が強すぎて、下駄箱全体がぐらっと揺れて少し後に傾いでしまった。

(ひっ!)

 俺はおどろいて、その場で二センチくらい飛び上がった。その衝撃で、鼓膜よりも心臓が破れそうになった。

 おかしい。たしかに振り切ったはず……。なのに何故!?

 恐怖を押さえ込み、俺は試みる。

 ソイツが誰なのか、確認しようと首を動かす。

 だが、何十年も油を差してない錆び付いた蝶番ちょうつがいのように、思うように動かない。首にまとわりつくのは、錆ではなく、おそれ。ギギギギ……と首を回してみると、人影が目に入るよりも早く俺のネクタイがぎゅっと掴まれ、強く引っ張られ――

 次の瞬間、目の前に『彼女』のドアップが出現した。

「返してよ! 私の獲物とファーストキス!」

「私の獲物とファーストキス?」

 至近距離から鬼の形相で睨んでいる彼女。

 首根っこを捕まれたまま、哀れな転校生オレは歯の根も合わぬままオウム返しをした。

(え、なに? ファーストキス? 俺だってまだしてないのに。 いや、もしかしてアレのこと? でもアレってキスじゃないし応急処置だし……。 って、まさか…… ああああ、あの時意識が???? ――覚 え て た の か!)

 顔バレしていた原因が、いくぶん腑に落ちる。

 ざっくり彼女の容姿を説明すると、中肉やや長身、外側に大きくハネたボブヘアー。目力が強く、良く言えば元気一杯な少女だ。

「これ! 多島たじま君でしょ! 証拠は上がってんだから! それにその泣きボクロ! 覚えてんだから! このセクハラ男!」

「セ、セクハラって人聞きの悪い……」

 彼女は市販のゴツいショルダーベルトをたすきがけにした改造スクールバッグから、ゴソゴソと数枚の写真を取り出して俺の顔に突きつけた。

「いや、近すぎて見えない……」

 彼女はイラっとしたのか、ぎゅっと目を細めると、ネクタイを掴んでいた手を放し、乱暴にドンと突き飛ばした。少々距離を取ったと思ったら、今度は『ガンッ』と大きな音を立て、俺の腰の脇に片足を突き立てた。

 足で壁ドンなど聞いたことがない。

 これは逃がさない、という意思表示か。

「これなら見えるでしょ。あんた一体なんで私にあんなことしたの?」

「へぁっ!?」

 彼は目ン玉がブッ飛びそうになった。多分リアルに二ミリくらいは飛び出ただろう。確かに、写っているのは仕事中の俺、そして日頃俺が虐殺しまくっている駆除対象たちだ。その異形の生物たちは、青い炎で燃え散ったり、極彩色の臓物を往来にブチ撒けている。暗がりが多かったにもかかわらず、よく撮れている。

 ――俺、終わった。マジ、万事休す。

 やっぱバレてたんだ……

「え……あ……あの……あの……あああああの……あの……」

 どうすればいいか分からなくて、俺は口をぱくぱくさせるしかない。駆除対象相手なら無慈悲な俺だが、今は為す術がない。

 イラっとした彼女、もう一発ガンッ、と下駄箱に鋭い蹴り。ヤモリのように下駄箱に貼り付く俺。

「答えなさい! 多島勝利たじましょうり!」

 それが俺、異界獣ハンターの名だ。

「な、何のことだか分からないな」

「とぼけないで! なんでキスしたの!」

「知らない……」

「じゃあこの写真は何なの? そもそも私の獲物を横取りしといてセクハラまでするとは、とんでもない男ね!」

「あうう……よ、横取りってどういう意味?」

 俺は女子みたいにスクールバッグを両手で抱えて縮こまった。

「私の生活がかかってんの! 二度と横取りしないでくれる?」

「何を言ってるのかわかんないよ」

 彼女はジロリと睨みながら俺の顔を覗き込んで言った。

「この写真はなんなの? 何してたの?」

「えーっと……家の手伝いで……」

「そっちこそ何言ってんのかわかんないわよ! ちゃんと説明して」

「いや、その、とにかく騒がないでくれ、俺マジ困るんだ」

「え~~~、どうしようかな~。セクハラしたって言いふらそうかな~~~」

 写真をピラピラさせるコイツ。俺を脅迫しているのか……。

「他の人には言わないでくれ。頼む。本当に困るんだ。俺、ママに殺されちゃう。何でも言うこと聞くから、秘密にしてくれ。頼む!」

「じゃあ……」

 彼女は、九十度首を動かして、廊下の方をちらりと見た。

 俺もいっしょに首をギギギと動かして廊下の方を見ると、向こうから、やたら体を左右に動かして下品に歩いてくるヤツがいる。カギやらチェーンやらをぶら下げてるせいか、体が揺れるたびにジャラジャラ音を立てている。背は低めで、この学校の生徒にしてはちょっとオツムが軽そうだ。

「あのDQNがどうした?」

「私の彼氏になって。今すぐ」

 彼女は再び俺を見て言った。告白というよりも脅迫だ。

「いま、なんて?」

「ナァウッ!」

 奴が両手で下駄箱に壁ドンと共にシャウトした。

 イエスかはいで答えろと、血走った目が語っている。

「わかったよ」

 ――――――これで俺、助かるの? もしかして、悪魔の契約?

「おーい、一文字遙香いちもんじはるか

 DQNが言った。ズンズンと近づいてくる。

 俺は小声で、今しがた付き合い始めた彼女に聞いた。

(あんたの名前か?)

(そうよ)

「いちいちフルネームで呼ばないでよ! 金貸しのクソボンボンが!」

(えーっと、なんなんだこの展開は?)

(いいから合わせて)

「おい、おま、なに転校生襲ってんだよ。つかお前いつから肉食女子になったんだ? あーそれとも、俺と付き合うのがイヤで、借金返済のために地道にカツアゲでもしてんのかぁ? そんなんじゃ利子かさんじゃうだろ~?」

 クソボンボンと呼ばれた背の低い男は、遠慮がちに茶色く染めた髪をジェルでムリヤリ後ろになびかせ、立派だが、どうひいき目に見ても脳みそが詰まっているとは思えないデコを目立たせている。

 そこに薄くてヘタクソにほっそーく削った眉毛を載せてあるのが余計にバカっぽい。校則が厳しいのか、制服のブレザー上下に加工を施した様子はないものの、ワイシャツの首元を少しあけてネクタイをヘンテコな格好に結んでいる。

 これが精一杯の抵抗なのだろう。当人はカッコイイつもりなんだろうが。

 ――なるほど。なんとなく読めてきた。つまり、こういうことか。

「今日から遥香は俺の女だ。DQNはさっさと帰ってママの乳でも吸ってろ」

 俺はDQNと彼女の間にズイ、と出て、バカにも分かりやすく大見得を切った。

「ンだとコラァ!」

 教科書どおりの返しで、つい吹き出してしまった。

「ンじゃおメェがーそいつの借金肩代わりでもする気なのかー? アン?」

「お前が貸したわけでもなければ、彼女は未成年なんだから家族の借金を請求される謂われもなかろうに。なんならウチの経理担当に過去の利息から現在の請求金額まで一切合切を計算させた上で、貴様の話を聞いてやってもいいが……どうする?」

「へぁあ? 返せないから俺の女にするんだろ。お前ナニ言ってんだこのタコー?」

 だめだ。コイツはバカの子だ。言ってる事が理解出来ないらしい。

 遙香が俺の背中をバシバシ叩いてる。

(知ってんだから。アンタが強いこと)

 遥香が囁く。

 ……ヤツを、ブチのめせということか。

 参ったな。俺、人間相手は苦手なんだよ。すぐ、死んじゃうから。

「おい! 聞こえないのか転校生。そいつは俺のモンだ。そこどけ! このタコ!」

「やれやれ……」

 俺は遥香に自分のカバンを渡した。彼女は「うん」とうなづいて数メートル後方に下がった。思ったよりも察しのいい女の子のようだ。

 俺は一瞬でヤツの直前まで距離を詰めた。

「ふぁ、はわッ!?」

 いきなり俺が消えて沸いたので、DQNが泡食ってるところに軽く腹パンチ三発。

 声にもならない嗚咽を漏らしながら、DQNが腹を抱え背中を丸めている。

 足下がおぼつかなくなり、今にも膝から崩れ落ちそうだ。

「おっとっと、大丈夫か?」

 俺はニヤリと笑いながら、DQNに声をかける。

 近くを誰か通りかかったので、とりあえず肩を貸してるフリしてやり過ごした。

「まだまだ」

「うぐっぇえぉ」

 俺は通行人が遠ざかったのを見計らい、怯えきった奴の喉頸を掴み、壁に軽~く軽~く押しつけた。大仰にうめくDQN御曹司。

「ヒッ、ヒッ」

 キュッキュと壁に押しつけられる度に、小さく悲鳴を上げるDQN。

「そろそろ自分のやらかした事の自覚は出来たか? ん?」

 DQNは顔を引きつらせたまま、こくこくとうなづいた。

 俺は遙香の方を伺い、

『こんなもんでいいか?』と、小首をかしげて返事を待つ。

 彼女は苦笑し、うんうんとうなづいた。

 遥香様の許可が出たので、俺はDQNを開放した。

 俺の手を離れたDQNはそのまま床に落ちた。

「あーあー、聞こえますか? 聞こえますか?」

 俺はDQNの横にしゃがみこんで、事務的に話しかけた。

「ごべんなひゃい……」

 力なく答える金融会社の御曹司ことDQN。

 その言葉に己の行動を悔いる意味が含まれているのか、単に圧倒的な力の差を見せつけられて降伏を宣言しているのかは分からない。

 兎に角これで遙香へのちょっかいを断念してもらえるのが一番有り難い。

「……明瞭なお返事がありませんが、めんどくさいので聞こえていると判断します。 あー、今後キミはイチモンジハルカさんに接触することを禁止します。借金の取り立ても禁止します。つか、次やったら法的手段に訴えます。で、再度確認しますがハルカは俺の彼女です。以上。オーケー?」

「……ひゃ、ひゃい、もうしまひぇん……ゆるひてくだひゃい……遙香はあきらめます」

 ボロボロになったDQNは、心底怯え切った顔で言った。

 俺はさらに屈み込んで、遙香に聞こえないように奴の耳元で囁いた。

『貴様はいつでも殺せる。忘れるな』

 その途端、ヤツは顔を引きつらせ、股間に水たまりを作り始めた。

 俺は立ち上がると、今度はたっぷりと憐憫を含んだ眼差しを落とし、

「お前の名前は?」と尋ねた。

「た……竹野幸三たけのこうぞう……です」

「よし。今日からお前のコードネームはタケノコだ」

「ひゃい……」

 涙目で小さく頷くタケノコ。

 俺はタケノコを一瞥すると、遥香のところに戻った。

「おまたせ。さあ、ご要望どおり、タケノコはボコボコにしてやったぞ。約束は守ってもらうからな……ん、どうした?」

「う、うん……」

 遥香が神妙な顔で俺を見ている。

「どうした? 具合でも悪いのか」

「ちがうわよバカ」

 遥香は俺のスクールバッグを突っ返してきた。

「相手は人間なんだから、その……もうちょっと容赦しなさいよ……」

「ったく、自分でぶちのめせって言ったクセに。ちゃんと生かしておいてやったじゃないか。どこが容赦ないんだよ」

 先ほどの反応は、神妙なんじゃなくて、引いていたらしい。

「……だってぇ。じゃ、行くわよ。靴履き替えてきて」

 見れば遥香はもうローファーに履き替えていた。

「どこに? もう、あいつをシメたら俺に用はないだろ?」

「まだアンタの素性も諸々も、セクハラの理由も何もかも聞いてないんだから、あれで無罪放免なんかなるわけないでしょ?」

「え~~……」

「ほら、行くわよ」

「ちぇ。わかったよう……」

 シュンとしていると、遥香がくすりと笑った。

「ヘンな人。夜に街中をニンジャみたいに飛び回ってバケモノ退治してると思えば女子に怒鳴られて小さくなったり、かと思えばDQNをボコボコにしたり。で、また今みたくヘコんだり。マジで何なのよ、君って」

 スクールバッグをひょいと肩に担ぐと、俺は涼やかな顔で告げた。

「俺か? ――牧師だよ」

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